ふと気が付けば

もう家の前だった……










未来   6










「着いたぞ。」
「あ。うん。」


結局何も訊けずに終わってしまうのか?

ぎこちない動作で自転車から降りる。
桃の体温(ぬくもり)が離れていってしまった。

何となくもう一度抱き締めたくなった。
それでも、無理なものは無理で……。


「じゃあ……。」


別れの挨拶(あいさつ)を……。
いつもならあっさりと言ってしまう言葉を……。
今、桃は言いよどんでいる。


「どうしたの?」


聞かずには居られなかった。
でもそれで、また無言になってしまった。

だけど、後には引けない。
後に引きたくない。

「今日の桃、変だよ?」


そういった瞬間、桃の温(ぬく)もりが帰ってきた。
スタンドで立てていなかった自転車は、音を立てて倒れた。

時が止まったような錯覚に陥(おちい)った。
そして……。
自転車が立てた音は、私と桃の関係が壊れた音にも聞こえた。


「っも……も?」


でも……。
私はまったく抵抗できなかった。
別に、体格や力の差の所為(せい)ではない。

それに……。

嫌じゃなかった……?


。」


軽い抵抗以外しない私の名前を呼ぶ。
呼ばれたことによって、軽い抵抗すらも止めてしまった。


「何で引っ越すこと教えてくれなかったんだ?」


半分掠(かす)れた声がそう言った。
その声を聞いて何かが変わった。

相手の表情は見えない。
相手に表情は見えてない。

それでもきっと伝わることがあった。


「だって……。」
「だって?」


私が話し始めると、桃の腕の力が緩んだ。
正面から顔を見る。
真剣な顔でこっちを見つめていた。


「夏休み頃に分かったから、桃に迷惑かけたくなくて……。」


桃の最後の大会に影響を与えたくなかった。
それと、混乱してて言い出せなかった。

私の言葉を聞いて桃の表情が変わった。
眉間に皺(しわ)を寄せている、といった感じだ。


「それに涙の別れなんてガラじゃないし、ね。」


そういうと桃はすぐに言い返してきた。


「だからって、まったく言わねぇってのはどうなんだよ?!」


言葉に詰まる。

そうだね。
ガラじゃないとかそういう問題じゃない。
だから……。
言うべきだったね。
もっと早くに……。


「大体、迷惑とかそんな事考えんなよ。」


唇を噛む。

何も言い返せやしない。
だって桃の言ってることに、間違いや矛盾がないから。
遠まわしに迷惑じゃないと言っているから……。


「余所余所(よそよそ)しいの態度が、何かすっげー気に入らねぇ。」
「……ごめん。」


申し訳程度の謝罪。
それでも今は精一杯で……。
それ以上、言葉が出てこなかった……。

黙り込むと、困ったような桃の顔が目の前にあった。


「あのさ、泣くほどショックだったか?俺に抱きしめられた事が……。」
「えっ。」


背中に回っていた腕が、肩に掛かるだけになる。
春先の冷たい空気に肌が触れる。
動かすことが出来るようになった手で顔を触ってみた。
目から顎までのラインが濡れている。

まったく気付いていなかった。


「あ……れ。」


小さい声が漏れる。
桃はその声に驚いた。


「もしかして、気付いてなかったとか?」
「う、ん。」


言われたことに素直に頷(うなず)く。
手の甲で頬を拭(ぬぐ)おうとしたら、桃の右手に妨げられた。
肩に掛かっていた腕が退(の)けられた。
心地よい温度と重みが消えた。
桃の左手の指が私の右頬をなぞる。

その時の桃の表情はまるで、大切なモノを見ているようだった。


「擦(こす)ったら腫れるだろ?」
「ん……。ありがとう。」


その時の桃の声は、今まで聴いた事がないくらい優しい声だった。

桃に一番大切にされている様に錯覚する。
そんな事ある訳ないのに……。

頭の中で考えていると、温かさが戻ってきた。
また視界がゼロになる。


「あのさ俺……。」


何を言おうとしているのか全く読めなくて、黙って聞く。
とにかく今は"温かい"……。


「本当はの事……。ずっと好きだったんだ。」


今相手はどんな表情で、どんな心情で言っているのかは分からない。
ただ冗談じゃないという事だけは、長年の付き合いで分かった。

どう返事すれば良いのか分からなくて黙ってしまう。
私はとてもズルイのかもしれない。

「ずっと言わずにおくつもりだった。だけど引っ越すって竜崎先生から聞いて……。」


黙っていられなかったんだと、彼は言う。

頭の中がグチャグチャだ。


桃ガ私ノ事ヲ好キデ、今私ニ告白シテイルノ?


それじゃあ、ワタシはモモのことがスキ?


「分からない……。」


私が言えるのはそれだけだった。

友達としてスキなのか、異性として好きなのか……。
分からないんだ。


「本当に……分からない……。」


なんだろう……。
何か分かった気もするのに……。
どうしてなんだろう……。

桃の服をぎゅっと握る。
力一杯、服に跡が付くくらいに。
全身が熱くなっていくのを感じる。


「分からっ…なぃ……。」


今度は確かに分かる。
今私は泣いている……。

私に回されている腕に力がこもる。
抵抗する気は全くない。

何でだろう……。


分かんねぇんだったら、抵抗ぐらいしてくれよ……。


桃が切なそうな声を上げる。
聞き取るのが難しいくらいに掠(かす)れてた。
それでもハッキリ聞こえた。


だけど私は、聞かなかった振りをした。

理由は簡単だ。
桃がそれを望んだから……。

本当にどうすればいいのか分からないから……。


「じゃあ、こうしようぜ。」


桃は突然話題を変えようとした。
一人で勝手に……。

そう。
桃は私に……。


「一年後にもう一度聞く。」


私に与えてくれた……。


「だから考えといてくれよな!」


腕の呪縛が解けて、桃の顔が見える。
私にはその表情が無理してるように思えた。
そして私の肩を軽く叩いてそのまま去ってしまった。



日にちも、時間も、ちゃんとした約束もせずに別れる事になってしまった。
一年後という漠然とした約束だけが私の許に残った。





それがどれだけ残酷か……。
その時の私は全く知らなかった。
それにどれだけの優しさがあったかも……。







一年後までに私が辿った日々は……


next





あとがき+++

案外長くなってしまいました……。
あと一話の予定です。
段々訳がわからなくなりつつあるのは放っといて、あとがきとしましょう!

やっと引越し前日です。
一年後という近くて遠い約束はどうなるのか?
そこが今後(って言っても残り一話?)の見所です!

実はこの話、こんな展開ではなかったのです。
もっとあっさりと終わるはずが、管理人が書くの楽しくなってきてしまって歯止めが……。
桃ちゃん書くの楽なんだもん!!
『見守る者』と同時進行で、ノリに乗っちゃってたから……。

まあ、気にせずラストといきますか。

by碧種


04.01.12