春が過ぎて夏になり、秋になり……。
更に時は過ぎて冬の寒さも徐々に和らぎ、約束の春となった……。










未来  7










『一年後にもう一度聞く。』


確かに桃はそう言った。
そして今私はその約束を守るために、ここに戻ってきた……。

そう……。
丁度一年前に彼と別れたこの場所に……。


「やっと、…着いた。」


一年前に住んでいたこの家の前にやっと着いた。

今年の今日も平日。
学校はズル休みしてきた。
適当な理由を付けて休んで、電車やバスを駆使してここまで来た。

一年経って変わった事はほとんどない。
一年前のあの日と同じ気持ちであることも……。
変わった事は自覚しているかどうかで……。

元自分の家の前に立って、しばらく見上げていた。





徐々に近づいてくる自転車の車輪が回る音。
一度も振り向いていないけど、絶対に分かる。
確実に近付いてきているのが……。


……。」


その声は一年前と変わっていなかった。
振り返って見た顔も、何も変わっていなかった。

桃の表情は驚いているようだった。
私の名前を呼んで、確かめてなお信じられないといった所だろうか。


「来てくれねぇかと思ってた。」


白昼夢でも見ているというのだろうか?
私も桃も確かにここに居るというのに……。

信じられない、と言いたそうな顔で更に近付く。
それに答えるように笑顔を返す。

凪いだ海と同じ様に落ち着いた心。
それでもやっぱり緊張しているんだ。
声を上手く出せそうにない……。


「なんか、嬉しいな。」


ニコッと笑う桃。
でもその手は強く握られていた。

互いに思う所があるのだ。

そう。
互いに言わなくてはならない事がある。

桃は俯(うつむ)いて、色が変わるくらい手を強く握る。
私は前を見据える。

桃の言葉は決まっている。
一年前から決まっている。
それに対しての答えも、もう出ているんだ。


「あのさ俺……。」


一年前と同じ声で、全く同じ台詞(せりふ)を言う。
一字一句違わない言葉。


「本当はの事……。ずっと好きだったんだ。」


変わっていないであろう気持ち。
真剣な眼差しも、何も変わっていない様に見える。

ただ少し違うのは……。
一年前にはなかった余裕。
そして、今私たちの間に存在している距離。

思わず確かめたくなるその想い。
躊躇(ためら)わずに聞く。


「過去形なの?」


悪戯をするときと同じ様な顔で聞く。
答えは分かっている。
きっと自信満々に答えるだろう。
一言で言うんだ……。


「『今も好きだ。』」


……そう一言。
予想通りの言葉を言う。

何も変わってはいないんだと、そう言っているようだ。

たった数歩しか離れていない距離を少しずつ縮める。
真っ直ぐ桃の顔を見たままで……。

今度は私が想いを示す為に。


「私は分からなかった。」


これは過去形。
分からなかったのではなく、理解できなかったんだ。
そのときの自分の心の動きを……。


「今は?」


促すように聞いてくる。
その桃はすぐ近くにいる。
手を伸ばせば届くほどの距離に居る。


「今は分かってる。」


どうして涙が止まらなかったのか。
どうして楽しかったのか。
どうして変わりたいと思ったのか。
どうして笑えたのか……。


「桃が好き。」


口からあっさり出た言葉。
いとも簡単に言えた言葉。
一年前には分からなかった。
それでも桃が待ってくれたから答えが出た。


「ずっと好きだったみたい。」


はっきりと言える。
私は桃が好きだと。

強く腕を引き寄せられて、視界を奪われる。
その温もりに身を任せる。
今度は自転車の倒れる音がしなかった。
何も壊れない。
ただ静かに寄りかかる。
一年前より少し広くなった胸に。

体に回された腕を退けずに、上を見る。


桃と目が合った。


それがくすぐったく思えてはにかむ。
前よりも身長が高くなったように思った。


「桃。」
「何だ?」
「また身長伸びた?」


1pや2cmじゃない。
……と思う。
絶対身長伸びてる……。


「ああ。185ぐらいだったかな?」


ずるい。
否、すごい。
一年間で約7pも伸びてる……。


「伸びすぎでしょ……。」
「そうか?」


ニカッと笑う桃。

頭一個分の身長差。
昔はほとんど変わらなかったのに、徐々に広がって行く差。

それでも昔より近付いているのだ。
心の距離は……。


「でも……。」


桃がボソリと呟く。
さっきよりも耳に近い位置で。


"キスするのには丁度いい身長差だよなぁ。"


「なっ!!」


耳元から顔が離れたかと思うと、何かが頬に触れた。

何か……?
何かって……。

何が触れたか気付く。
顔が赤くなっていくのが分かる。
私は触れられた頬に手を当てて固まっている。


「どこ行こうか。」


何も無かったかのように話しかけてくる。
その顔は少し赤かった。


「川……にでも行きますか?」
「そうするか!」


桃の後ろに乗って、赤くなった顔を桃の背中に押し付ける。
自転車は川に向かって走り出した。





先の事は分からない。
ただ一つ確かな事は……。

私の隣には桃が居るだろうという事だけ……。










空白の一年。




あとがき+++

お疲れ様です……。
ダラダラ長くなってしまって、二桁に突入してしまうんではないかと……。
予定は未定とはよく言ったもんですねぇ。

自分で書いたくせに、最後のあまりの甘さにギブアップ!
ハッピーエンドにしようとすると甘くなりすぎる気がするのは気のせいでしょうか?

桃ちゃんはおそらく純粋です。
最初は桃ちゃんを書きたかっただけでした。
結果的にある意味桃ちゃんらしい桃ちゃんが書けてよかったです!

とりあえず、今後もたまに(?)悲恋を書きつつハッピーエンドも書こうかなぁと思っています!

by碧種


04.01.17