絶対に

逃げ切ってやる!!










悪夢の二月十四日(バレンタイン)防衛戦  in 山吹中学










テニスコートにたどり着くと、真っ先に目に入ったのは室町君だった。


「いいとこに居たっ!」
「なんだ、先輩ですか。」
「なんだって酷いなぁ。」


ラケット片手にフェンスの向こう側に立っているのは、いつもの事ながら冷静な室町君。
その姿が偽者でないことを確認して、フェンスに手をかける。

部活を引退したからといって、持ち前の運動神経は鈍っていない。
全力疾走の後で多少疲れているものの、そこは元合気道部の意地で、フェンスを一気に乗り越える。


「でりゃっ!!」
「ちょっ!!!」


フェンスの一番上から飛び降りる。
もちろん真下には室町君。
結果は……。


「ナイスキャッチ。」
「出来れば女の子らしい服装の人にしてあげたかったですね。」
「胴着じゃ不満か……。」


私の運動神経と室町君の反射神経のおかげで、お姫様抱っこの完成である。
ラケットを投げ捨てる、という彼の判断に感謝した。
サングラスの向こう側には不満げな表情が見え隠れしている。

その腕からあっさりと降りるて、帯に引っ掛けてきたシザーバッグの無事を確認する。
何も落としていない事を確認していると、女の子の黄色い声が近付いてきた。


「おっけー。来たね。」
「今年は鬼ごっこですか?」
「まぁ、そんなとこかな。」


胴着に黒帯という、動きやすくかつ目立つ格好を選んだ理由は、そこだ。
鬼さんこちら、とばかりに逃げ回りながら、動きやすい格好で逃げ回る。
そうすればいくら彼らでも諦めてくれるだろうという計算だ。

テニス部を巻き込まないでくださいよ、とため息を吐く室町君。
まぁ、その頼みを聞いてあげるつもりは全く無いけど、とりあえず頷いておく。



いや、むしろ、今から巻き込む気満々ですけどね。



「さて、室町君。」
「……何ですか?」


にやりと笑って、ラケットを拾いに行った室町君を呼び寄せる。
嫌な予感を感じているであろう彼をそれでも来いと近付かせた。
武道館方面からは、声がどんどん近付いてくる。


「あそこにオレンジ頭とシルバー頭が見えるねぇ。」
「そうですね。」
「彼らが欲しいのは、何だったっけ?」
「……先輩のチョコ、ですね。」


シザーバッグの中から、コンビにでもどこでも一粒二十円で売ってるチョコを出す。
室町君の日焼けした顔から血の気が引いた。


「はい。ハッピーバレンタイン、室町君。いい一日になると良いね。」





作戦その2。
チョコレートを千石と亜久津の知り合いに配布する。





俗に言う、おとり大作戦。
チョコをもらった人間に対する関心を高めることで、当の本人である私は逃げおおせることができる訳だ。

もちろん、ちゃんと千石と亜久津が見ている目の前で渡すから、見逃すはずは無い。
二人の殺意が室町君にしっかりと向いたのを確認してから、室町君の傍を離れた。


「頑張れ室町君!君には明るい未来が待っている!!」
「ちょっ、まっ!!」


爽やかに走り去ろうとした先に、もう一人のターゲットを見つける。


「あれ??センパイ、何してるですか?」
「いいとこにいた、檀君。君にもpresent for you!」
「え?えっ??」


状況が読み取れていない檀君に向かってチョコを放り投げた。
それでもちゃんと受け取れた檀君の反応の良さには感心する。



けどまぁ、それも計算のうちって事で。



背後を振り返らずにテニスコートを後にする。
後ろから聞こえてくるのは、いろいろな人の、悲鳴ともつかない叫び声。


「絶対捕まってやらないんだから!!」


囮になってくれた後輩たちに感謝しつつ、今度は部室棟へ駆け込んだ。










「チッ。どこにもいねぇな。」
「もー。亜久津が室町君に気を取られたのがいけないんだろ?」
「あぁ?そういうてめぇは太一にやたら集ってたじゃねぇか。」


合気道部の部室の、外からは死角になっている場所に留まる事3時間。
もう3時限目の授業も終わりに近付いているというのに、彼らは外をうろちょろしている。
常から大して授業に出ていないのだから、いつもの事ではあるのだが……。


「迷惑な奴ら……。」


心の中で舌打ちしつつ携帯電話に手を伸ばす。
アドレス帳で検索して、に電話をかける。


「授業中だけど……、出てくれるよね?」


親友を信じて待つ。
すると意外に早く、電話を取ってくれた。


「さすが!」
『あー、?そっちはどう??』
「や、まだ捕まってないんだけどさぁ、やたら部室棟の辺りをうろうろしてるから動けなくて……。」


カーテンの閉まっている窓の方をちらちらと見て、彼らが接近していないことを確認する。


『了解。すぐに誰か派遣するわ。』
「ありがと。」


電話を切って一息吐く。
そして、息を潜めて派遣者を待つ。

派遣されるのは、私の予想が正しければ、彼らだろう。


「おい。千石、亜久津。」
「お前らなぁ、体育の授業くらい出てくれよな。」
「あ、地味's。」
「「地味'sって言うな!!」」
「……うぜぇ。」





作戦その3。
部活仲間兼クラスメイトに回収させる。





声を聞いただけでは、恐らく誰が来たのか分からなかっただろう。
けど、千石の発言から、南と東方が来てくれたことが分かる。

最終的に、抵抗する迷惑二人組みを、地味'sが回収してくれた。
半ば無理もあったが、彼らの活躍は決して地味ではなかった。










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07.02.18