散々泣いて

それでも何故(なぜ)か
涙は止まらなくて

気が付いたら午後だった










未来   5










枕もとの時計を見る。
デジタルの表示は、4:56。


「もう……。こんな時間か……。」


あと数時間で最後の一日も終わる。
部屋にはもう、必要最低限のものと中身満載のダンボールしかない。

母親は夕飯を買いに行った。
父親は次に住む所に少量の荷物と一緒に行っていて、明日戻ってくる。
家に居るのは私一人だ。

昨日の夜のことは、母親しか知らない。
母親は桃を信用しているのだ。
お蔭(かげ)で安心して家を出られた。

帰ってきてからは涙が止まらなかった。
一年分くらい泣いた気がする。
それでも何とか涙は止まって、今に至(いた)る。


「お腹……減ったかも……。」


流石に、朝抜き昼抜きは辛(つら)かった。

ベッドに寝っ転がって、上を見る。
何も考えていなかった。
でも、もしかしたら誰か来てくれるんじゃないかと思っていた。



コツッ……コツン……カツ



部屋の窓の方から小さな音が聞こえてきた。
何か小さなものが硝子(がらす)に当たるような音が……。

不思議に思って窓に近付いてみる。
家の前に立っていたのは……。


「も、も?」



カツン……



桃が小さな石をこっちに投げていた。
硝子(がらす)越しに目が合う。
窓の側に寄った私に気付いたらしく、手を振ってきた。
私は、ゆっくりとした動作で窓を開ける。

少しだけ暖かい風が部屋に流れ込んでくる。


「よう!」


満面の笑顔で挨拶(あいさつ)をしてくる。
右手で自転車を支えて、空いている手を上げていた。
リアクションに困り黙り込んでしまった。


ー。ちょっと下りて来いよ。」
「……行く。」


一言だけ言って窓を閉める。
上着を取って、鍵を持って部屋を出る。
階段を駆け下りて、靴(くつ)を履いて家を出る。
鍵を閉めて振り返ると桃が居た。


「早ぇなぁ。」


驚いたように言う桃。
でも私は、そんな事は気にしていなかった。
何で……。


「何でウチに来たの?」


さっき姿を見た瞬間から思っていた。
約束をしていた訳でもない、何か特別なことがあるわけでもない。
それなのに……。


「夕焼け見に行こうぜ!」
「え?」


そう言われた時、今日の朝言ったことを思い出した。

『本当は夕焼けが見たかったんだけどね。』

桃はこの言葉を聞いていたんだろうか?
あんなに小さく呟いた言葉を?
そんな訳……ないよね。


「とりあえず、後ろ乗れよ。」
「う、うん。」


最近は後輩にとられてた特等席に座る。
どこに行くかも告げられずに、自転車は走り出した。
桃の身体をしっかりと抱きしめる。


「ねぇ!どこに行くの?!」
「秘密だよ!」


何日か前の私と同じ事を言う。
青学一の曲者(くせもの)の名も伊達(だて)じゃないといった所だろうか?

風の音が大きく聞こえて、話す声も自然と大きくなる。
ちゃんと掴まっていないと振り落とされそうだ。


「そこは私の知ってる所?」
「そうだな。たぶん知ってるぜ!!」


わくわくしながら質問する。
どこへ行くのだろうと本当に不思議に思いながら……。


「そこからは何が見えるの?」
「綺麗なものだよ!」


桃の答えだけではどこだか判別できない。
絶対に言ってくれないことが分かっていても、聞きたくなるのが人というものだ。

次に聞くことを考えながら桃の背中に顔をあてる。
ゆっくりと目を閉じる。
昨日の夜優しかった背中は今、とても近くにある。
嬉しい反面悲しい。
明日にはもう離れてしまうのだから……。


「もうすぐで着くけど!」
「え?マジ?!」


驚いて顔を上げる。
そこに見えたのは……。


「川原(かわら)?」
「当たり!」


昔はよく遊んだ川だった。
そこは相変わらず水が澄んでいて綺麗だった。
その向こうにあったのは、もうすぐ沈み始める太陽だった。


「ふぅ〜。間に合った。」


自転車を止めて桃が言う。
只今の時間5:16。
もうすぐ夕日が見える時間だ。

自転車のサイドスタンドを立てて、二人だけ川原(かわら)に下りる。


「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。」


太陽が見える方向を見て、二人並んで座る。
徐々に空の色が紅く染まっていく。
その風景を二人でただ眺める。


「綺麗だよね。」
「ああ。」


桃の顔も、私の顔も夕日の朱色に染まっていた。
世界に紅い色のフィルムをかけた様だった。

青から紅、紅から藍。
徐々に徐々に変化していく。

朝とは逆のグラデーション。
そして……。
朝より濃いグラデーション。

少しずつでも変わっていく。
確実に変わっていく空。

最後は藍色になって、小さな星が見え出した。


「夜になったな。」
「うん。なったね。」


互いに全く微動だにせずに、空を眺め続けている。
いつもなら続く会話が、今日は続かない。
どの言葉も会話を続かせるには無力だった。

そして、私は訊いてしまった。


「桃はどうして今日、私と夕焼けを見ようと思ったの?」


無言で俯(うつむ)く桃。
どうしたのかと思って顔を覗き込む。
一瞬あった視線を逸(そ)らされた。
私が居る方とは逆を見ているように見えた。


「桃?」


声を掛けても答えがない。
きっと、無理強(じ)いしても無駄だろう。
そういう所だけは強情だから……。

仕方なくただ黙って隣に座る。
だいぶ間が空いてから桃は一言だけ言った。


「帰ろう。」
「うん。」


少しきつめの傾斜を二人並んで登る。
重い沈黙が続いてた。
自転車に乗ってもそれは変わらなかった。
行きよりもゆっくりなスピードで自転車が走る。
行きには点いていなかった街灯全てに光が灯っていた。

聞きたいけど聞けない。
聞いてはいけない?


温かい背中は確かにそこにあるのに……。










next





あとがき+++

あまりにも長くなってしまったので、切りました。
次の話と二つで一話じゃ長すぎですよね……。
丁度半分くらいになってくれて正直助かりました。

最近、T.M.Rにハマリ気味です。
友達のお蔭(とかいて所為(せい)とよむ(笑))で……。
色々とイメージ湧くので、大助かり。
友人に感謝感謝!
この話もTMさんの曲聴きながら書きました。
聴く曲の幅が広がるのはいい事ですね。

実はあんまりあとがきになってないのね……(苦笑)

by碧種


03.12.30