しばらくの間……
いや
40分近くだろうか
二人して無言で
光の海を見ていた……
未来 4
星空と夜景を眺めた後は、他愛(たあい)の無い話をし続けた。
『去年の体育祭は傑作だった。』
とか
『一個上の先輩たちってさぁ……。』
とか
『文化祭のときの出し物で……。』
とか
そんな話を延々三時間。
「でさ、あん時のマムシの顔といったら……。」
「そうそう。いつになく"驚いてます"って感じだったよねぇ。」
並んで座ってた。
肩とか足とか手とかが当たることも気にせずに。
屋上は二人の笑い声でいっぱいだった。
スミレちゃんが用意してくれた一枚の毛布に、二人で包(くる)まっていた。
私は着けていた手袋を外してた。
桃は薄手のコートを脱いでいた。
それでも暖かかった。
いや、"温かかった"んだ……。
「にしても……。」
「ん?」
話が一旦途切れた時、桃がしみじみと言った。
「来年でとの腐れ縁も、ついに十年目突入か?」
その言葉に、私は凍りつく。
ソレハ、アリエナインダヨ……。
今まで取り繕っていた笑顔が崩れる。
表情が凍る。
返事を返そうとした言葉が音にならない。
会話が凍る。
「?」
喉を通った空気が微かに音を立てる。
喉の奥がピリッとした。
「……。」
何度も呼びかけてくる。
答えられない……。
横を向けない……。
顔を見れない……。
「?!」
桃は私の肩を掴んで、無理やり横を向かせようとした。
それに抵抗する。
桃の手を振り解いて、背を向ける。
「…どう、したんだ?」
「…んでもないよ……。」
自分のものとは思えないほど弱々しい声が出る。
こんなに動揺するとは思わなかった。
予想外もいいところだ……。
毛布から出てしまった身体は、冷たくなるばかりだった。
手袋も着けていない手は氷の様に冷たくなる。
長く感じる沈黙。
支えにしていた桃の肩が動いた。
こっちを向くんじゃないかと、一瞬身構える。
でも……。
気付いたら背中合わせだった。
「寒いだろ?」
そう言って、毛布をこっちにやる。
桃は横にあった自分の荷物を引き寄せて、自分のコートを着た。
「ごめ……。」
「違う。」
ごめんね、と言おうとしたのをすぐに止められた。
"違う"と言われた。
違う……?
ああ、違う。
「……ありがとう。」
「それでよし。」
「ぷっ。」
「笑うなよ!」
普段と全く違いのない会話。
ただ、顔が見えなくて声が遠い。
それでも背中から伝わってくる温度は、確かに近くに居るといっている。
さっきの事は何も聞いてこない。
その優しさが桃らしいと言うか、何と言うか……。
嬉しいかもしれない。
どれくらい時間が経っただろうか……。
「あ……。」
「どーした?」
思わず声を上げる。
背中にかかる重みが少し増える。
「こっち来て、桃!」
「なんだぁ?」
説明する時間も惜しい。
早くこっちに来て欲しいと思った。
桃は私の期待にいつも応えてくれる。
「ほら。」
「……日の出。」
朝のまっさらな太陽が昇ってくる。
まだ藍色の空に、暖かい色が滲んでくる。
新たな朝。
変わる朝……?
「どうよ、桃。」
「……すげーなぁ。すげーよ。」
時間をかけて、少しずつ変わってゆく。
その情景を、二人して黙って見続けた。
何も言わずに、ただ眺めていた。
空の色が澄んだスカイブルーに定まった頃、屋上を後にした。
入ってくるときと同じ経路を辿(たど)った。
そして同じ様に、桃の服の袖を掴んで……。
違うのは、明るくて相手の表情が見えること。
同じ扉から校舎外に出る。
学校から出る道を歩きだす。
もう、後戻りは出来ない。
「お疲れさんでした。付き合ってくれてありがとね!」
笑顔で言う。
明るく、出来る限り明るく。
なんでもない日常の一コマの様に……。
少し間が空いて、何かを突然思い出した桃が言う。
「それだけの事とか言って、悪ぃ。」
「ああ。そんなこと……。」
別にもう気にしていない。
付き合ってくれたから、良いんだ。
「気にしてないよ。」
「俺が気にしてんだよ。」
こっちが気にしていないことでも謝ってしまうのが彼らしい。
まったく……。
「それに……。」
「ん?」
理由はそれだけではないと言う。
なんだろうと聞いてみると、すぐに答えてくれた。
「朝焼け……綺麗だったしよ。」
人差し指で頬をぽりぽりと掻きながら言う。
ちょっと斜め上を見ているあたり、照れているのだろうか?
「そっか。そりゃ良かったわ。」
「おう。」
いつの間にか足が止まっていた。
その足をもう一度動かし始める。
「本当は夕焼けが見たかったんだけどね。」
ボソリと呟く。
流石に、学校の屋上で夕焼けを見るのは不可能だった。
卒業してから、というのが更に可能性を低くしてしまったのだ。
「ん?」
「なんでもないよ〜。」
なんとなく誤魔化して、少しだけ歩みを緩める。
一分一秒でも長く居たいんだ。
屋上では話し続けていたから、話すこともほとんどなかった。
それに互いに眠かったので無言になってしまった。
最後の時間だけど、もういいか……。
再度、心の中でお礼を言う。
"本当に、本当にありがとう"と。
歩むスピードは一定だった。
その所為か、普段登下校に掛かっていた時間よりも倍近く時間が掛かった気がする。
それでも、別れの時間は来てしまう……。
「そんじゃ、またな。」
いつものT字路。
別れる場所。
そしてこれが、最後の瞬間。
挨拶(あいさつ)をしたくない。
それでもしなきゃいけない……。
僅(わず)かな間。
短い沈黙。
絶えそうな笑顔。
「うん。バイバイ。」
今出来る限りの笑顔を見せる。
笑顔も、もうすぐ限界だ。
桃は普段と同じように家に帰る。
私は……。
私は……。
「さよなら……。」
静かに涙を流しながら、気付かれないように最後の別れをした。
next
あとがき+++
何かとってもノリノリで、オリジナル書けてないよ……(笑)
どうしましょう、本当に。
桃ちゃんは青学一の曲者(くせもの)です。
これからどんな行動に出るかは、これからのお楽しみv
一話前のあとがきに書いた、『あと二話』発言は嘘になりそうです。
あはははは………。
ずるずると長くなっていく気がします。
ハッピーエンド目指して、頑張るぞ!
by碧種
03.12.28