どこまで笑顔で居られる?

いつまで笑顔を作れる?

限界は……あるの?










未来   3










只今、午後10時45分。
気持ちだけが先走って、既に校門前。


「寒っ。」


春になって間もないだけに、夜は冷え込む。
冬用のコートを着て手袋まで出してきた。
もちろん下はスカートなんてはいていない。
左肩には少し大きめのトートバッグを持っている。

手を擦り合わせて息を吹きかける。
息が白くなった。
遠くから微かに聞こえる足音。

アイツが来た。


〜。」


声を小さくして、それでも聞こえるように私の名前を呼ぶ。
駆け寄ってくる桃の息も白かった。

空は透き通っていて、星が冷たい光を湛(たた)えている。


「まだ時間じゃねぇーよな?」
「うん。あと十分ぐらい余裕があるよ。」


桃にしては早かったね、などと言ってみる。
まあな、と自信満々の笑みを向けてくる。

桃は私よりは薄着だった。
とは言っても、コートは着ている。
荷物は斜め掛けのリュック一つ。


「さっ、行こうか。」
「どこに?」


桃の腕を引いて学校の周りを歩く。
目的もなく歩いている訳ではない。

目的は一つだけ。

学校の中で唯一警備の緩い『旧裏門』。
しかも今日は、強力な助っ人が居る。


……。」
「何ぃ?」


旧裏門に着くと桃が話しかけてきた。
私は目線を合わせずに門の鍵をいじっていた。

実は越前に頼んで、鍵が簡単に外れるように細工しといてもらったのだ。

鍵はすぐに地面に落ちて、小さな音を立てた。


「まさか……。」
「そのまさか。」


感づいた桃が言った言葉に即答する。
悪戯をする子供のような笑みで桃の方を向いた。

私たちは学校に侵入する気なんです。

顔を引きつらせる桃を励ます。


「大丈夫、大丈夫。スミレちゃんも協力してくれんだからぁ〜。」


ばしばしと肩を叩いて、悪(わる)びれずに言う。
今度は、酸素が足りない魚のように口をパクパクさせる桃。

手をかけていた門を開ける。
錆びた鉄が擦(こす)れる音がした。


「桃。早く行こう。」
「わぁったよ。行きゃあ良いんだろ、行きゃあ。」
「よく分かってんじゃないの。」


軽い会話を終わらせて、静かに校内に入る。
普段人で溢れかえっている学校。
人が一人も居ないだけで、こんなにも寂しいものだとは思わなかった。

柱や壁に触れながら歩く。
桃はずっと私の後ろを歩いている。
ただ黙って、静かに。
その所為で、校内に私一人しか居ないような錯覚に陥(おちい)る。


「桃。」
「あんだよ。」


返事があることにほっとする。

まだ私は一人じゃない。


「ここから入るから。」
「おう。」


渡り廊下の所にある扉。
スミレちゃんに頼んで開けておいてもらった。
入れるのも出れるのもここだけだ。

靴を脱いで左手に持つ。
桃は右手に靴を持っていた。


「こっから先は会話できないし、暗いから……隣を歩いてね。」
「……お、おう。」


一瞬だけ桃の返事が遅れた。

照れてるのかな?

手を繋ぐのは流石に照れるから、桃の着てる服の袖を持つ。
そして、ひたすら歩く。

暗闇の中の教室は不気味だった。
隣を歩く桃の表情も見えない。
私と桃の足音以外は何も聞こえない。


無音の恐怖。


でも、隣には確実に桃が居るから大丈夫な気がした。
階段を一番上まで上って、目の前にある扉を開ける。
その先には……。


「はい、到着。」
「屋上……?」


近くにある建物の明かりなどで、薄明るくなっている屋上。
少し坂を上った所にあるこの学校の屋上からは、町並みがある程度は見渡せた。

日常とは隔離された空間。
非日常的風景。


「どうよ。」


隣で無言で立ち尽くしているヤツに問いかける。
返事がない隣を見る。
桃は空を見ていた。

目の前で手をひらひらさせながら声を掛ける。


「おーい。」
「ん……おっ、おう。」


呼応がなってないですよ〜。
心の中で突っ込みつつ話を変える。


「今夜は徹夜で星を見ましょう!」
「はあ?そんな事の為に呼ばれたのかよ……。」


そんな事……ね。
桃にとっては、その程度の事だよね……。

さっきから掴んだままだった袖を離す。
ジーンズのポケットから携帯を取り出してデジタル時計を見る。

11:23

学校が、どれだけ広い空間だったのかを思い知らされる。
ゆっくり歩いていた事も影響しているんだろう。
それでも30分近く掛かってしまった。


「もうこんな時間か……。」


ボソリと呟いた言葉に桃は、疑問の視線を投げかけてくる。
それに気付かない振りをして目を空に向ける。

銀の無機質な光が、黒色の中に散りばめられていた。


「桃。」
「何だ?」


今日何度目か分からない、あいつの名前を呼ぶという行為。

これも、もうすぐ無くなってしまうのだ……。

一人で勝手に、表に出さずに落ち込む。


「あそこの梯子(はしご)の上に行こう。」
「おう。行こう!」


二人で並んで梯子(はしご)の近くまで行く。
桃が先に上った。
私もその後に続く。

上り終えた瞬間、また視界が広まった。


「うっわぁ……。」
「やっぱも驚いたか?すっげーよな!」


どこまでも続く光の海。
それもどこか、星よりも温かいような光だった。





まるで別世界のようだった……。










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あとがき+++

一応ここで区切ってみたのですが……。
すんげ微妙……。
次に切れそうなところは、だいぶ後のほうになりそうだったので…ね!

このお話は、残り二話くらいで終わりでしょうかね。
長くなったもんだなぁと思ってみたり……。
突発的に始めたら、あれよあれよと三話目。
ここまで読んで下さったのなら、続きも読んでほしいなぁ……なんて(笑)

by碧種


03.12.23