アナタが来る
ただそれだけのこと
初恋 5
18:54。
待ち合わせの時間まであと6分あるけど、私はもう青学の前まで来ていた。
一年と4ヵ月ぶりに訪れる母校は、どことなく余所余所しかった。
そう感じたのは、校舎が夕闇に沈んでいる所為もあるのだろう。
どこか写真じみた雰囲気を漂わせているこの学校は、非現実的にも見えた。
校門の前で立ち止まり、全く人の出てくる気配がない校中を覗いてみる。
テニスコートは校内でも奥まった辺りにあるから、見えないのは当たり前だ。
それに、練習も既に終わっているはずだから、ボールの跳ねる音もしないだろう。
何もすることが無いから、携帯電話をいじりながら待つ。
もう夕暮れ時にもかかわらず、暑さが去らない。
暑さに負け、しゃがみ込みそうになるのを堪えて、校門の柱に寄りかかる。
寄りかかった場所も昼間の太陽に十分暖められたせいか、生温い。
「暑い……なぁ。」
思わずどうにもならない事をぼやく。
そのままの状態で待っていると、ガヤガヤと人の声が聞こえてきた。
「ふい〜。今日もなかなか恐かったなぁ。」
「もう水道まで走るのは嫌ッスからね!」
「桃はアレに弱いよね。」
数人の声がどんどん近付いてくる。
校門の内側を見てみると、数人の男子生徒が歩いてきていた。
その中でも一番背の高い子と目が合った。
「あれ?誰か校門のトコにいないっスか?」
「むむっ??」
彼らの視線が私一人に集中する。
そのまま彼らは、歩みを緩めることなく近付いてきた。
一番背の高い子と一番背の低い子は黒髪。
あとは色素の薄い子と眼のくりっとした子、それからちょっと変わった髪形をした子。
「アンタ、誰か待ってるの?」
一番背の低い生意気そうな子が、何の前触れも無く尋ねてきた。
その大きな瞳を真直ぐ私に向けている。
「え?」
予期せぬ問いかけに戸惑った。
初対面の人に話しかけられたらどう返していいか分からない。
戸惑いを隠す術どころか、何を聞かれたかを考える余裕すらない。
どうしたら良いのか分からなくて俯いた。
中学生相手とはいえ、5人の男の子に囲まれてしまったのだ。
「アンタは無いだろう、越前。」
「そうだぞぅ、おチビ。」
「驚かせてしまって済みません。」
「ダイジョブっすか?」
口々に心配してくれる少年たちにホッとした。
「……なんとか、大丈夫です。」
「それは良かった。」
色素の薄い子が誰もが見惚れてしまいそうな顔で微笑んだ。
純粋に綺麗だなぁ、と思ってしまう辺り、やはり年下にしか見えてないんだろう。
「ってか、姉ちゃんは誰待ってるんスか?もう学校ん中にはほとんど人いないっスよ?」
「もう他の部活は練習してませんし、そろそろ暗くなって危ないですよ?」
見ず知らずの私の事を心配してくれる優しい少年たち。
そういう印象を持ってから彼らを見ると、爽やかスポーツ少年という言葉がしっくり来るような気がした。
「えと、貴方たちは何部ですか?」
他の部活の人は残っていない、ということは、彼らがテニス部で無い限り、手塚君との待ち合わせを失敗してしまったことになる。
そうだとしたら、手塚君に申し訳ない。
その一心から初対面の彼らに尋ねてみる。
少しだけ間が空いて、彼らは笑った。
「アンタ、もしかしてすごく天然?」
「え?」
「あんま運動に興味なくても、テニスラケットの入ってるバッグくらい見たらにゃ〜。」
「分かって欲しいところではあるね。」
彼らは背負っている大きなバッグをこちらに向けて見せた。
なるほど、手塚君と同じバッグだ。
自分の観察力の無さに、情けなささえ覚えるほどだ。
でも、気付かなかったものは仕方ない。
それはそれとして、とりあえずここで待っていて問題なさそうだ。
「じゃあ、大丈夫。待ってるのはテニス部の子だから。」
にこりと笑顔で答える。
そうすると、彼らはまた顔を見合わせた。
「え、マジで?」
「でも俺たち以外に残っているのは……。」
「そこで何をしている。」
少年たちのざわめきを切り裂いて、耳に心地良く響く声がした。
「あ、手塚君。」
「手塚部長?!!」
「手塚……?」
「っ、先輩……。」
一瞬の静寂。
そして動揺。
待ちに待った人が現れたという歓喜と、待たされた事によって生じた不安感が一気に押し寄せる。
しかし目の端に映るのは、少年たちの表情から読み取れるのは驚愕一色だった。
「手塚も、隅に置けないね。」
「ってことはやっぱ……。」
「そういうことかにゃ?」
この状況の何に対して驚愕しているのかは、私には分からない。
否。
彼らの言い分を理解する程度の情報は、凪から手に入れている。
『告白し玉砕した女性も多数。』
多くの女性の想いを打ち砕いてきた、アノ手塚が、女性と待ち合わせしている。
その状況に彼らは驚愕しているのだろう。
私が彼らの立場でも、恐らく驚愕しただろう。
でも、彼らが思っているような関係性は、私と手塚君の間には無い。
「えっと……。」
「行きましょう。」
「え、あっ……。」
誤解を解かなくちゃ、と何か言おうとしたが、手塚君の言葉に遮られた。
足早にその場を離れようとする手塚君の後を追う。
最低限の礼儀と思って、振り返り一礼して、小走りで手塚君の背中を追った。
唖然としたまま置いていかれた面々は、唯一人を除いて、それぞれに疑問を口にしていた。
「アノ人……。」
「先輩……だったんスね……。」
next
あとがき+++
めちゃくちゃ久しぶりに進展しました(苦笑)
かなり緩々と進展していくこの話。
ちょっと手塚マジック?とか思ってます。
そういえば、つい先程、あわやキーボードご臨終かと思われるほど、盛大に麦茶を溢しました(汗)
しかし、意外と強かったVAIO type Lさんのキーボード。
10分とかからず復活しました♪
パソコン買い替えにならずに済みよかったです……。
by碧種
09.03.13