いつかアナタに
伝えたかった言葉がある
初恋 8
炎天下の道を、青学の中等部の正門まで歩いた。
季節は着実に真夏へと近づいていて、太陽光がじわじわと背中を焼く。
アスファルトの道の先は蜃気楼さえ見えそうなほどに熱い。
茹だる様な暑さの中、たどり着いた正門には人の気配がなかった。
休日真っ只中の校内は、部活動をしている生徒の声だけが聞こえてくる。
「そうなりますよね〜。」
またしても早くたどり着いてしまった待ち合わせ場所に、一人でしゃがみ込む。
今回ばかりは、手塚君も練習中だし、早く現れることはない。
この炎天下で長時間待つのは熱射病になる危険性があるから、出来れば日陰に移動したほうがいいんだろう。
それが分かっていても、母校に踏み入れる勇気が湧かないのは、これから自分がどうしたいのかが分からないからだ。
「私、どうするんだろう。」
手塚君の事を思い出した今、彼と会い続ける理由がない。
だというのに、どこかで手塚君との繋がりを断ち切りたくない自分がいる。
理由も分からず、でも、本を貸し借りする関係性をなくしたくない。
「どうして、かな。」
どうして関係性を消したくないのか、自分自身でも分からない。
そもそも、どうして手塚君は、"思い出したら終わり"なんてルールを決めたんだろう。
しゃがみ込んだままぐるぐると考え込んでいると、人影が近づいた。
「あれ、姉ちゃん……。なんとか先輩?」
「へ?」
なんとか、という余りにも失礼な発言を聞き逃すほど、突然のことに驚いて見上げる。
そこにはこの前もここで出会った、背の高い黒髪の男の子がいた。
「あ、っと。」
「あぁ、手塚部長に用事っすね。」
「え、あ、はい。」
突如として現れた彼は、手塚君率いるテニス部二年の桃城だと名乗った。
前回出会った男の子たちの中で、ひときわ身長が高かった子だ。
桃城君は、私の隣にしゃがみ人懐っこそうな瞳でじっと見てきた。
「部長なら、そろそろ休憩入る頃っすよ。」
「あ、そうなんだ。じゃあ……。」
そろそろ行こうかな、と。
言おうとした瞬間に、大きな影が差した。
その姿が視界に入り、ドキリと心臓が跳ねた。
「桃城、そこで何をしている。」
さっきまで優しげな視線を投げかけてきていた桃城君の表情が一変する。
声にならない、うげっ、という苦虫を噛み潰したような表情をしながら、ゆっくりと手塚君を見た。
「お疲れさまっす。」
「片付けもせず、こんなところでサボりとは、いい度胸をしているな。」
「あ!!俺、戻りますね!!」
「え、あ。」
脱兎の如く、桃城君は校内に姿を消した。
そんな桃城君の姿を見送ってから、複雑な気持ちで手塚君を見る。
相変わらずの無表情をかつての彼と重ね合わせる。
思い出の中の彼も、大差のない無表情だった。
思い出を振り返っていると、手塚君のほうから話しかけてきた。
「先輩?」
「あ、うん。本……返さなきゃ。」
懐かしさの欠片が見え隠れする装丁の本を、大きくなった彼に手渡す。
自然と緩む表情を止めることもなく、独りでに話始める。
「懐かしかった。」
「っ―――。」
私の一言だけで全てを理解したかのように、彼の表情が揺れた。
「久しぶりに懐かしい知人に出会う気持ちって、こんな感じなのかな。」
あんなに小さくか細い少年が、こんなにも逞しく成長するだなんて、誰が想像出来ただろう。
私の記憶の中の手塚君は、小さな少年。
私の目の前に立つ手塚君は、まるで別人のように大人びている。
本を持つ手も、ジャージを着こなす肩も、テニスコートを蹴る足も。
何もかもがあの頃と変わっていた。
「全然一致しなかったな。手塚君が、あの子だったなんて。」
正直な気持ちを伝える。
すると手塚君は、私の言葉に対抗するかのように応えた。
「……俺はすぐに分かりました。先輩の姿を本屋で見かけた瞬間に。」
「私は手塚君ほど激変してないもの。」
「いいえ。」
昔の友人にすぐ気づかれるほど変わっていない私に、彼は変わったと言う。
「3年前より、もっと綺麗です。」
「――――っ!!」
ふわりと和らいだ表情で、甘い言葉を吐くのは卑怯だ。
ほんの少しの表情の変化と、真剣な声のトーン。
その行動一つでこんなにも動揺してしまうだなんて、想定外だった。
何より、熱さの所為じゃなく顔が一瞬で熱くなるのを感じた。
冷静ではいられない私に、彼は追い討ちをかける。
「ずっと、好きでした。」
next
あとがき+++
急転直下、大逆転劇です(笑)
元々の予定を大幅に超える前置きからの、告白でした。
薄々気づいている方もいらっしゃるかと思いますが、タイトルの前の短文は、手塚の呟きでした(爆笑)
さて、ここからどう動いてくれるか、碧種も楽しみです(笑)
by碧種
11.02.17