世界で一番遠い距離を

貴方は知っていますか?










背中  前










屋上に上がる階段を淡々と上る。
その先に見えたのは眩しい光と灰色のコンクリート。


「うっ……。」


モロに太陽光が目には言って一瞬眩(くら)む。
細めた目を開けると、見覚えのある……。
いや、仲のいい女友達のちゃんがいた。


ちゃん。」
「よ!元気ないね、キヨ。」
「あはは。」


思わず乾いた笑いを返す。

ちゃんは今風の女の子らしく制服のスカートはきわどい長さ。
屋上を囲っているフェンスに寄りかかって缶ジュースを飲んでる。
笑顔で俺を出迎えた姿は、まるで俺がここに来る事を知っていたかのようだった。

からかう様な笑いを浮かべながら彼女は無邪気に言った。
それに、悪意があるとは思いたくもない。


「うっわー渇き笑いだよ。まさか女の子に振られたとか?」
「……ちゃんってエスパー?」
「あ、ビンゴ?」


驚いた顔をして俺を見る。
そしてまた笑う。

ホントにいつも思う。
何でこの子はこうも俺の事が解ってしまうんだろう、と。
どうしてこんなに行動を読まれてしまうんだろう、と。

ちゃんがフェンスの向こう側を向く。
俺は静かに近付いて、彼女に背を向けて座る。


「何で俺が振られたって分かったの?」
「勘だよ。意外に純情少年な清純君。」
「酷い肩書きだなぁ、ソレ。」


ビシッと指でも立ててそうな言葉。
また乾いた笑いを返すと、背中を軽く蹴られた。
その後に柔らかい声が降ってくる。


「まあ聞きなさい。」
「はいはい。」


親に言い聞かされる子供の気分だ。
ちゃんには敵わない。

苦笑しながら耳を傾ける。


「勘といっても乙女の勘ではなくて、同じ失恋仲間の勘なんだよ。」
「え?」


思わず後ろを振り返った。

俺の予想を裏切って、ちゃんは空を見上げていた。
彼女が手に持った缶から水滴が落ちた。


「君が失恋するのと同じ日に、私もいつも誰かに振られてる。」
「へぇ……。」


寂しげに放たれた言葉に返す言葉は見つからなかった。

俺は視線のやり場に困って、アスファルトを見る。
冷たい灰色が太陽光に照らされている。


「お互い切ないよね。」


本当の事を言おうか言うまいか迷った。

俺ってホント馬鹿だから。
本気じゃない子にいつも振られてるんだよね。
だから実は全然平気〜。
ちゃんこそ大丈夫?

そう言えたらどんなに楽だろう。


「好きな人に限って世界で一番遠い、背中合わせなんて……。」


背中合わせ。
まさしく今の俺たちの位置関係に近い。
でも、世界で一番遠いんだろうか?


「背中……合わせ、が?」
「そう、背中合わせが一番遠い。」


ちゃんはそういうと同時に俺の真後ろに座った。
ピッタリとくっついた背中は、少し温かかった。
背中は温かいけど、どこか心許(こころもと)ない。

世界一遠いという意味を見出そうとしていると、ちゃんが一人で話し始めた。


「ほら、もしかしたら一番近いかもしれないけど、顔が見えない。声は届くけど、確かにそこに居るんだけど……。電話で話してるのと同じで遠い。」
「だけど振り返れば顔も見える。」
「でも、片方が振り返ったんじゃダメだよね?」
「振り向かせればいい。」


俺が言った事は、両方とも俺の希望だ。
振り返ってくれる事を期待して、いつかは必ず思いが通じると信じている。

それを彼女は全て否定しようとする。


「もし、二人とも振り返る気がなかったら……。地球を一周しなくちゃいけない。」


ちゃんの言葉が一つ一つ積み重なるごとに、ホントに遠くなっていく。

背中の温かさ。
僅かな重み。
透き通った声。

だから返す言葉を失う。

全力で否定しないといけない気がするけど……。
それは違うと言いたいけど……。
真実ではないと思いたいけど……。

彼女はまだ続ける。


「二人とも歩み寄れば半周で済むけど……。もし片方しか歩み寄る気がなかったら?その間にもう片方が僅かにでも違う方向に進んだら?もし、1ミリでも間違った方向に進んでしまったら?」


泣きそうな声で、悲痛に叫ぶように……。
見えない表情は泣いている様な気さえする。


「一生会うことはないんだよ?」
「考えすぎだ……。」


最後に彼女が言った言葉は重かった。
どう否定すればいいのか分からなかった。

だけど……。
俺がどうにかちゃんの考えを変えなきゃいけない気がした……。


「そうやってすれ違うって言うなら、背中合わせのうちに振り向かせればいい。少なくとも自分が相手のほうを向くことは出来るはずだ。」


俺が精一杯頑張って反論する。
それさえも彼女は否定した。


「出来ないかもしれない。」
「努力する事が大切だと思う。」
「努力が報われるとは限らないよ。」
「何もしなかったら何も変わらない。何かすれば変わるかもしれない。」
「それってただの希望的観測でしょ?」


彼女の言うとおりだ。

これは全部俺の希望。
真実になって欲しい事。

現実はそうではないと分かっている。
だからこそ……。


「違う。」
「違うの?」
「違うんだ。」


必死に否定した。
それでどうなるかは分からなかった。
考えられなかった。


「じゃあ……証明してよ。」


少し溜めて彼女は言った。
今日初めて聞く、落ち着いた声だった。


「キヨが証明してよ。振り向かせられるって。」


背中から温かさが消えた。
ちゃんが離れて、またフェンスに寄りかかる音がした。
振り返ってみると、やっぱりちゃんは空を見ていた。

音を立てないように立ち上がる。
そっと後姿に近付く。
手を伸ばしてその細い腕を掴み引き寄せ、彼女を腕の中に閉じ込める。


「っ?!」
「ほら、振り向かせた。」


ぎゅっと抱きしめて耳元で囁く。
でも口調はいつも通り、ふざけた風に。


コレでどれだけの事が伝わるんだろうか?


「どういう意味だか理解しかねますが。」
「何が?」
「キヨの行動全てが。」
「う〜ん。困ったなぁ……。」


予想以上に冷たい反応。
だけど、ちゃんの声が震えていたのも予想外で……。

俺は腕の力を強めた。


「振り向かせられるってコト、証明したつもりなのに……。」
「一番好きな人じゃないと意味無いでしょ?」
「それはっ……。」


俺はちゃんが一番好きだよ?
たぶん、きっと、初めて本気になったんだよ?

ホントの事を言ってしまえれば良いのに……。
俺って意気地なしだよなぁ……。

無力感に襲われる。

伝えたいけど、どう伝えれば良いのか分からない。
伝わらない……。


「それは……。」


ちゃんは今日、誰かに振られた。
ちゃんはきっと、その人が今この瞬間も好きなんだ。

全てが俺の行動に歯止めをかける。
唯一俺の行動を促してくれるのは、腕の中の確かなぬくもりだけ。
それだけで俺は、きっと強くなれる。

何度目か分からない。
俺は大きく息を吸った。
不安も何もかも一緒に飲み込んだ。


「それは……、俺の一番がちゃんだからだよ。」
「え?」
「好きだよ。」
「嘘。」
「嘘じゃない。」


強く否定する言葉を必死に否定する。

言葉を考える事も、取り繕う事もしない。
出来ない。

ありのままの気持ちを言葉に変える。


「ずっと、好きだった。」


腕の中でちゃんが震えていた。
思わず彼女を解放する。
熱い頬に手を当てて上を向かせる。


彼女は泣いていた……。










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あとがき+++

ダラダラと長くなってしまったので、ここでカット!!
こんなはずでは!?ってなノリで、久しぶりの長さです。
何だかとってもノリノリです。

もともとは、世界で一番遠い距離を書きたくて考えたネタでした。
それがDo As Infinityの"柊"を聴いたら、はまってしまって(笑)
"柊"の一部歌詞をモチーフに書き出したのです。
歌詞の抜粋はしませんが、"柊"を聴いたことがない方は是非この機会に聴いてみてください。

その前に、早く他の連載終わらせろってのな(汗)


by碧種

04.10.02