"幸せだよ"



そう言うから……










見守る者  1










とはずっと同じクラスやった。
中等部の間ずっと。

長い黒髪と白ぉてちっさい顔。
細ぉて長い手足。

一目見て、別嬪(べっぴん)さんやなぁと思うた。
彼女が目立っとったんは、言うまでもない事実。
それを鼻にかけたりせぇへん所が更に人気を煽った。
女子にも男子にも人気があった。





人気が大沸騰して噂が校内に広まりきった頃、席替えがあった。
俺は運良く彼女の隣になった。

笑顔で話しかけてきた彼女の第一声がとんでもない物だった事を、今でも鮮明に覚えとる。


「よろしくね、シノビアシ君!」
「よろしゅぅ。……って、シノビアシちゃうがな!!」


初っ端から飛ばしとった。
普通やない思たのもそん時。
他の子の第一声は「何て読むの?」とかやったのに、自信満々に読み間違えよった。



別嬪(べっぴん)さんやったんと第一声に驚かされたんが、印象に残った理由の半分。



隣の席になったんが始まり。
その後は、男とか女とか関係なく仲良くやっとった。
名前で呼ぶことを許されて、いろんな話をした。





二年の終わりまでは……。





まず聞いたんは、"跡部が女遊びを止めた"ゆう話。
次に聞いたんは、"と跡部が付き合いだした"ゆう話。


……。」
「何?忍足?」


本人からは何(なん)も聞いとらんかった。
跡部が好きなんて一言も聞いたことがあらへんかった。

教室で偶然二人きりになったから聞いてみよ思ぅた。


「跡部ん事…好きやったん?」
「……そうだよ。」
「さよか……。」


一言だけ残して、を一人だけ残して…教室から出た。
思いも寄らず、ショックやった。

校内をフラフラ歩く。



(なん)も知らんかったんは俺だけ。
(なん)も気付かんかったんは俺だけ。





そう……。
俺だけ……。





俺だけの気持ちも、跡部の気持ちも知らんかった。

そして……。

自分自身の気持ちにすら、気付いとらんかった。



が好きやった。
友達としてやない。
本当は好きやった。
男女関係なしやない。









何日かはギクシャクした関係が続いた。
その関係も、の一言で変わった。


「忍足によそよそしくされたら、寂しいじゃん。」


そん時分かった。
と俺との関係は、ずぅっと変わらへん。
そう確信した。


「せやな。跡部に気ぃ遣う事あらへんなぁ。」

そうはゆうても、そん時から昔よりは喋らん様になったんは事実。
おどけて見せたんは、誤魔化す為。
冗談言うたんは、泣かへん為。
わろうたんは、の為。

がわろうとったから、俺も笑った。
気ぃ遣わせとうなかったゆうんもあるけど、それだけやない。
が笑える時も、笑えん時も、俺が隣でわろうたろ思った。
笑わせたるんも良いけど、笑っとくんも大事やと思った。



その後もほとんど前と同じ生活をしとった。

一つだけ変わったんは、俺の立場。
ある日跡部に呼ばれて言われたんは、頼まれ事やった。


の事を守ってくれ。』
『は?』
『最近呼び出しとか増えてて……。』



云々(うんぬん)。


まあ、側にいてる分守るんは楽やけどなぁ……。
(なん)で跡部に言われんとあかんの?

とか思たけど、結局は引き受けてもた。
まあ、しゃあないな。


そんな事もあったりして、結果的には俺の位置は遠くて 近う(ちこう)なった。

遠くて近い。
そう……遠くて近い。










突然携帯が鳴ったんは、春の終わりの雨の日やった。
ディスプレイにうつっとる名前を見て驚いた。


?」
『っ……おしっ、たり?』


もっと驚いたんは、電話の向こうでが泣いとる事。
小さな嗚咽(おえつ)を漏らしながら俺の名前を呼んどった。


「どうしたん?」


ただ事ではない。
今まで、が泣とる所なんて見た事あらへん。


『あっ……とべが!!』


跡部が女の子と二人で歩いてたの!!

それを聞ぃた瞬間、耳を疑いとぉなった。
と付き合う為にお遊びを止めた、あの跡部が?
そんなはずあらへん!!


、落ち着きぃ。」
『ひっく、ぅ……。』


電話の向こうから聞こえてくる嗚咽(おえつ)が止むことはのぉて……。
俺の無力さを示されたみたいで……。
にとって、跡部ん存在がどんだけ大きいか知った。


「今どこにおんの?」


薄手のコートを羽織って傘を持つ。
せめて側に行ってやらんと、何するか分からへん。
何早まってするか分からんから急ぐ。


『がっ…こうの、正門っ。』
「すぐ行くから、待っとき。」


寮から出て校門に走る。
ついでに跡部のヤツに、メールを送る。


"今どこで、なにしとん?!"


走ると足元の水溜りから、水が跳ねた。
その音より、雨の降る音が大きゅぅて耳につく。










?」
「おしっ、たりぃ……。」


そこにおったは、消えそうやった。
手を伸ばしても掴めぇへん星のよう。
ぬばたまの黒髪を雨に濡らして、顔を涙に濡らして座り込んどった。


「どっ、しよ……。」


どんなにボロボロでも、やった。
『どうして?!』とヒステリックに叫ぶんやなくて、『どうしよう。』ゆうた。

綺麗な涙を流しながら彼女は問う。


「あきっられたのかなぁ?わ、たし……。」


(なん)もゆうてやれへん俺を責める。
(なん)も解ってやれへんから。
(なん)もでけへんから!!


「とりあえず、家に送ったるわ。」


泣いとるの腕を引いて立たせる。
笑顔で、手を引く。
そっと闇から引き上げるつもりで……。





「待って、忍足……。」


を家に送って帰ろうとすると、呼び止められた。
学校からの道のり、ずっと黙っとった
それが喋ろうとしている。

何や?と言って振り返る。


「私の髪……切って。」










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あとがき+++

再び悲恋連載……。
ネガティブの忍足視点になるって事はお分かり頂けたでしょうか?

とっても報われない恋です。
なぜなら、オチは決まっているから……。
忍足の手によって解決するんですから、ねぇ……。

この後やっとネガティブと同じ時間に入ります。

跡部に送ったメールの返事。
そして、忍足の葛藤(かっとう)。
楽しんで頂けると幸いです。


by碧種


03.11.05