鳳君の指が奏でる音は
そっと
そっと
優しく撫でる様だった……
君にしか聞こえない 7
「落ち着きましたか?」
不意に声をかけられる。
顔を上げるとさっきと変わらず、斜め前に鳳君が座っていた。
言葉が途切れてから何分くらい経ったか分からない。
ただゆったり、外の雨の音を聞きながら座っていた。
すっと、鳳君が立ち上がった。
「ちょっとリビングまで出ませんか?」
「え……。良いけど……。」
「それじゃ……。」
空になったカップを片手に、鳳君はもう片方の手を私に差し出した。
自分のカップを持ったまま、とりあえず立ち上がる。
部屋を出て行く鳳君を追ってリビングに向かった。
私の家とは比べ物にならないくらい広いリビングの中心には、グランドピアノがあった。
「……すごいね。」
「そうなんですかね?」
ちょっと常識からズレた返事をして、彼はピアノに近付いた。
横にある背の高いテーブルにカップを置いた。
硬い音がして白いテーブルに馴染んだ。
ピアノの前に座った。
その後姿を追ってテーブルの傍に立つ。
「何を弾きましょうか?」
「う〜ん。鳳君が好きな曲か、弾きやすいやつ。」
「そうですね……。」
何を頼んでいいか分からなくて、お任せすることにした。
しばらく悩んでから鍵盤に指が置かれる。
彼の目の前には楽譜がないのに、迷わずに引き始めた。
それは、どこか聞き覚えのある曲だった。
鳳君の音は、優しく撫でるようだった。
とっても優しく、そっと壊れ物に触るように、守るように。
「どうですか?」
最後まで弾いて、鳳君は座ったまま振り返った。
その時私はただ絶句していた。
いや、この場合絶句と言う言葉は相応しくない。
聞き惚れてしまったのだ。
そしてその余韻から抜けきれずに、返事が出来ない。
「先輩?」
「あ、うん。すごい……ね。」
ようやく言えたのは"すごい"と言う言葉だけ。
本当はそんな言葉じゃ表せないくらい素晴らしかった。
ただ、今の気持ちを表現する言葉を見つけられなかった。
そんな私の安い言葉に、鳳君は照れるように笑った。
「ありがとうございます。趣味程度なので、大した事はないんですが……。」
「そんな事ないよ。」
謙遜する言葉を即座に否定する。
「とってもいい音だった。」
「はい。」
「すごく元気になった。」
「はい。」
私の言葉に、また微笑む。
何だかそれがとても可愛らしく見えてしまった。
自分より頭一つデカイ男には似合わない言葉だと言う事は分かっている。
だけど、可愛いと思った。
鳳君につられて表情が緩む。
「ありがとう。」
「やっと笑いましたね、先輩。」
「え?」
何気なく言われた言葉にハッとする。
そういえば、ここに来てからはじめて笑った。
ちゃんと笑った。
「もう大丈夫ですね。」
「大丈夫。……大丈夫だけど……。」
もう一曲、とささやかなリクエスト。
彼は微笑むと、また鍵盤の上に指を滑らせ始めた。
きっと大丈夫
だけど
もう少しだけ
もう少しだけ勇気を下さい
next
あとがき+++
まだ、続くみたいです(汗)
今回は短めでしたが……。
どうにもこうにも話の進みがなスムーズじゃないなぁと。
あと少しで、キリを付ける………つもりです。
きっとキリは付くんじゃないかと。
by碧種
04.12.07