気持ちだけで
何処までいけるでしょうか?
ただ
君に聞こえているというだけで
どれだけ勇気をもらえたでしょうか?
君にしか聞こえない 8
ふと窓の外を見ると、雨が少し小降りになっていた。
「雨、弱くなりましたね。」
「そうだね。」
何杯目か分からないココアが入ったカップを傾ける。
ああ、美味しい。
今は鳳君の部屋に戻って二人で話していた。
のんびりと過ごしていたから、今が何時だか分からなくなっている。
ただ確かに時間は過ぎていく。
「今帰ったほうがいいと思うんですけど……。」
「そうだねぇ。」
「先輩?聞いてますか?」
「うん。ちゃんと聞いてるよ。」
返事をして、すぐにカップを空にする。
ああ、美味しかった。
空になったカップを小さいテーブルの上に置く。
「ご馳走様。」
一言笑顔で言って立ち上がる。
鳳君の家の玄関まで真っ直ぐ歩き始める。
幅が広めの階段を下りて、私の家より一回りは広い玄関に出る。
少し遅れて、バタバタと鳳君が駆け寄ってきた。
「浅葱先輩!」
「ん?」
「俺、送ります。」
「平気だよ。」
かなりの量の水を含んだ冷たい靴を履きながら答える。
濡れていた髪は乾いたし、十分すぎるほど温まった。
だから、あらゆる意味で"大丈夫"だ。
「でも……。」
鳳君は渋る。
何が心配なのかは分からない。
何故か私を心配している。
「道も分かるし、雨も酷くないし、外も真っ暗じゃないし。全然大丈夫だよ。」
これ以上迷惑をかけたくないから、最高の笑顔を向ける。
それでも鳳君は心配そうに私を見ている。
私は鳳君に弱いんだろうか?
この静かに、心配そうにじっと見つめてくる目に。
そっと労わってくれる甘い言葉に。
頼りたくなってしまう……。
もう一度、自分に言い聞かせるように言う。
「大丈夫だよ。」
笑顔のおまけも忘れずに付ける。
ドアノブに手をかけて、捻って……。
そうすればすぐに外に出られて、またねって言うだけで終わり。
頭では理解しているのに……。
言葉ではそうしようとしているのに……。
結局まだ足も、手も、何も動かせない私が居る。
「やっぱり、送っていきます。」
そう言って傘を持って靴を履く鳳君。
私の行動よりも鳳君の行動の方が全然速くて……。
全部見透かされているような気がした。
頼ってしまいたいと思っている私の気持ちも。
私の知らない頼りたいと思ってしまう原因も。
弱いところも、情けないところも。
「行きますよ、浅葱先輩。」
「あ、うん。」
声に促されるがままに外へ踏み出す。
ガチャと鍵を閉める音がした。
「それじゃあ、行きますか?」
「ん、あれ?」
鳳君の手元には紺色の傘が一本。
たった一本の傘で、人間は二人。
嫌な予感が頭を過ぎる。
これって……まさか………いや、そんなはずは。
「傘、一本しかないの?」
「すみません。予備の傘がなかったんです。」
「って事は?」
分かりきっている事を、それでも否定したくて聞いてみる。
それがどれだけ無駄かも、無意味かも知っているけれど……。
「俺なんかで悪いですけど、相合傘です。」
「あー、やっぱり。」
「ホント、すみません。」
「いや、そんなに気にしてないから良いよ。」
困ったような笑顔で傘を開く。
本当は少し怖い。
何が怖いって、夏休み明けにあらぬ噂が立つこと。
それからお呼び出し。
だけど、彼の誘いは何故か断われない。
二人で並んで歩き始める。
少し方が濡れて冷たいけど、まあ仕方がない。
いくら大きめの傘でも、二人で入るにはちょっと小さい。
「雨、弱くなってよかったですね。」
「強いままだったら帰る気なくしたよ。」
少ない会話の合間にいろいろと考える。
さり気なく車道側に立っている鳳君。
何気なく傘が私のほうに傾いてたり。
それとなく気を遣ってくれるところが、私の周りに居る人たちにはないところだったりして。
そんな優しいところがきっと……。
きっと私が彼に頼ってしまう原因なんだろう、と。
少し俯いた鳳君が何か呟いた。
「それなら、雨が上がらなければ良かった……。」
肩と腕が触れ合うほど近いのに、私がその言葉を聞き取ることはなかった。
「え?」
「いえ、なんでもないです。」
鳳君は私のほうを向いて微笑んだ。
柔らかく、優しく、ふんわりと微笑んだ。
斜め上にあるその顔は、今の距離だと見るのが辛いくらいだ。
近すぎていつも以上に見上げなくてはならない。
その所為だけじゃないけど、
辛くてすぐに顔を背ける。
「あのさ……。」
前を見て歩く。
濃く灰色に染まったコンクリート固めの道。
重い雲の灰色と透明な雨と紺の傘のふち。
少しの寒さと、少しの温かさ。
「私の歌……いけるかな?」
口から零れた疑問は、静かに深く響いた。
その後に雨が落ちる音が続く。
小さな、それでも言葉の間を埋めるのに十分な音。
誰かと話していれば気にならないその音が、今はとても痛い。
そして苦しい。
返事は返ってこないまま、無言で歩き続ける。
黙々と、淡々と。
まさかさっきの言葉が聞こえていなかったなんて事はない、と思う。
だけど返事が返ってこない事は事実。
たぶん鳳君は返事に困っているだけ。
答えが返ってくることさえ怖いのは何故だろう。
「少なくとも……。」
どれくらい黙って歩いたんだろう。
だいぶ私の家に近付いているから、きっと相当長い間無言だったんだろう。
唐突に鳳君が呟いた。
「少なくとも俺は、先輩の歌好きです。」
その言葉を聞いて弾かれたように顔を上げる。
鳳君は私を見下ろして微笑んでいた。
いつの間にか力の入っていた肩がスッと軽くなる。
それから自然に言葉が零れる。
「ありがとう。」
ただ
君に聞こえているというだけで
どれだけの勇気がもらえたでしょうか?
そして……
どれだけの勇気をもらえるのでしょうか?
あとがき+++
と、とりあえず「うたごえ」シリーズ第二部(壮大すぎ(汗))完です。
あと一タイトルで終わらせようかと計画中(計画倒れだけは避けたいですが……)
思っていた以上に長い付き合いになりそうですが……。
なんていうか……。
愛だの恋だのいつ出てくるのさ!!
ってな意見はご尤(もっと)もでございまして(汗)
次の話では出てくるはずなんですが……。
今までどうり、もどかしいくらいスロースピードになりそうです。
で、実はコレ、最高記録更新だったり……。
連載話数の最高記録塗り変えました。
んで、きっと更に塗り変える日が来るのでしょう。
それくらいこのサイトを続けていきたいです。
by碧種
04.12.13