今日も一日が始まる。
朝の強い日差しと
真っ青な空
そして爽やかな風が吹けば……
君にしか聞こえない 4
夏休み前日になった。
学校に早く来てしまって、教室には誰も居ない。
目の前には真っ白な紙。
赦される事なら、このまま出してしまいたいのだが……。
そんな事をしたら父親にまた怒られてしまう。
「無難に……進学かな。」
今日までに提出しなくてはならないこの紙は、進路希望調査だ。
第一希望から第三希望まで欄がある。
さて、どうしたものか……。
一枚目の紙には素直に書いた。
だけど、それを父親に見せたら即破られた。
『第一希望が歌手だなんて、ふざけた事書きやがって!!』
「真面目なのに……。」
思い出すたびに悲しくなる。
悔しくなる。
アルミ製の筆箱からシャーペンを出す。
右手に持ってくるくると回す。
「第一希望……。進学?」
氷帝はエスカレーター式だから、そのまま行けるだろう。
成績だって十分足りている。
何かまずい事をした憶えもない。
カチカチとノック音だけが教室に響く。
そしてまた、シャーペンを回す。
『進学』の二文字を書くだけなのに……。
私は何を躊躇(ためら)っているんだろうか?
「あれ?、今日は妙に早いな。」
「宍戸?」
突然教室に入ってきたのは、宍戸だった。
制服で、重そうなテニスバッグを背負っている。
そのままスタスタと歩いてきて、私の机の上を覗き込んだ。
「まだ出してねぇのか?」
「まぁ……ね。」
一言言うと自分の席のほうへ行ってしまう。
その様子を目で追いながら、紙とシャーペンをしまう。
まだ一文字も書かれていない真っ白な紙は、そのうち行き場を失うだろう。
きっと出すことも出来ずに……。
式典も全て終わり、生徒たちが下校を始める。
部活動に向かう生徒もいる。
「さん。」
「はい。」
教室を出ようとすると、担任に止められた。
物腰の柔らかいその先生は、比較的人気がある。
氷帝の女の先生の中でもかなり上位だろう。
「進路希望調査なんだけど……。」
「あ……。」
呼び止められた原因はやっぱりあれだった。
今日渡さないと夏休みになってしまう。
そんな事は分かっているんだ……。
解ってるけど……。
鞄の中に紛れ込んでいるそれは、当然の如く白紙。
ごそごそと探して、一応見せる。
「あら、何も書いていないの?」
「……はい。」
「それじゃあ、出せないわね。」
「はい。」
担任はその白い紙と睨めっこをしている。
少しして溜め息を吐いた。
「仕方ない。一応『進学』って書いておいて、夏休み明けに書き直しましょう。」
「そう……ですね。」
無難に済ませるしかないんだ。
今の状況では、そうするしかないんだ。
そう自分に言い聞かせて、担任の後姿を見送る。
後姿が見えなくなったらすぐに音楽室へと向かう。
今すぐに家に帰りたくないから……。
音楽室の戸を開けると、そこには銀髪長身の彼が居た。
「鳳君?」
「あ、先輩!昼一緒に食いましょう。」
人懐っこい笑顔で私を出迎える。
ファン曰く『仔犬君スマイル』だ。
あの日以来、彼は私の日常に度々(たびたび)出没する。
例えば……。
昼を音楽室で済ませようとすると、彼が先回りしている。
『先輩!昼一緒に食いませんか?』
『え?』
そして勢いに押されて、一緒に食べる事になる。
放課後、レッスン室を借りようとすれば……。
『あ、先輩!唄、一曲だけ聞かせて下さい』
『良いけど……。』
部活前に一曲だけ、とねだってくる。
また私は勢いに押されてしまう。
嬉しくない訳ではない。
ただ、戸惑いが拭いきれないだけだ……。
いつもの事ながら、断わる理由が無い。
勢いに押し切られるという形で、一緒に居る事になる。
「別に……良いけど。」
「じゃあ、ここでいいっすよね?」
「まぁ、外に出たら君のファンに殺されちゃうしね。」
「そんな事無いと思うんすけど……。」
苦笑する鳳君。
でも実際は……。
もし間違えて一緒に外に出ようものなら、いきなりお呼び出し。
そんでもって、全校女子の殺意を受ける事は間違えないだろう。
本人が自覚していないだけに、危ない。
何が危ないって、周りの女友達さんたちが危ない。
もし、私もその中に入っているとしたら……。
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一瞬、寒気のする状況を思い浮かべてしまった。
忘れよう……。
「先輩?」
「あ、うん。食べよう。」
いつの間にか、鳳君の心配そうな顔が近くにあった。
正直、彼の行動は心臓に悪い。
いつも私は驚かされっぱなしだ……。
私は弁当を、鳳君はお弁当とパンを広げた。
音楽の事を話しながら一緒に食べるのが常だ。
「それでリッドのところが……あ。」
「どうしたの?」
とある管弦楽団の話をしている途中で、鳳君が立ち上がった。
そして、弁当を片付け始める。
「そろそろ部活の準備しなくちゃいけないんで、話途中ですけどスイマセン!」
テニスバッグの中に出していたものを仕舞う。
本当にすまなそうな顔をしてこっちを見ていた。
そこで何も返事をしていなかった事に気付かされて、慌てて返事をする。
「ああ、気にしなくて良いよ。頑張ってね。」
「はい!」
重そうなテニスバッグを背負って、鳳君は出て行こうとした。
長い指を扉に手をかける。
「あ!」
「なんですか?」
呼び止めたのは、ほぼ反射的だった。
何を言うかなんて全く考えてなかった。
「えっと……。」
不自然に口ごもる。
最終的に言葉として出てきたのは、私の考えとは遠いものだった。
「今度ここで会うときは、ピアノ弾いて欲しいんだけど……。」
鳳君のピアノを聴きたくないわけじゃない。
むしろ、もう一度聴きたい。
だけど……。
迷惑じゃないか?
時間とか無いんじゃないか?
断わられそうな要因しか私は知らないから……。
今まで言えなかった事。
「先輩。」
鳳君の呼びかけに、彼のほうを見る。
するとそこには、綺麗に微笑んでいる鳳君が居た。
「喜んで弾かせていただきます。その代わり、先輩も唄って下さいね。」
その顔を見て呆然と突っ立っているうちに、鳳君は部活に行ってしまった。
そしてその顔を見た瞬間から、私の決意は固まった。
進路希望調査
第一志望 専門学校(シンガーソングライター志望)
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あとがき+++
ん〜。
焦りながら書くのはいけないという良い見本ですね。
あはははは(汗)
何とかチョタを素敵な男の子に仕立て上げました(笑)
いや、もともと素敵だけどね。
よく分からない子になりつつありますが……。
出した小道具をうまく使えるようになりたいです(苦笑)
by碧種
04.08.06