いつもは宍戸に会いに来る彼

しかし
今日だけは
今日だけは何故(なぜ)か姿を見せなかった……










君にしか聞こえない   3










『きりーつ。』


ガタガタとクラス全員が席を立つ音がする。
それが遠くに聞こえるのは、とても気にかかる事があるから。
私の目は、宍戸のほうに向いている。

鳳君が現れない。

いつもなら昼休みに、『昼、食いに行きましょう。』と言って宍戸の所に来るのに。
昨日までなら、放課後になったらすぐに教室の前にいるのに……。
今日は現れない。


『れい。』
『さよならー。』


先生が教室から出て行くと、生徒たちはそれぞれに動き出す。
そして私も動き出す。

教室を出ようとドアに近づいた。
すると、私の進路を妨げる人が居た。


。」
「何?」


目の前に居たのは意外な人物。
宍戸亮だった。

宍戸は視線を泳がせながら、言葉に詰まっていた。


「あのよ……。」
「ん?」


なかなか言い出さないコイツに、痺れを切らしそうになる。
もう少し、もう少しと騙し騙し待つ。
しかし、そんな努力は無意味になった。


「やっぱ、なんでもねぇ。」
「は?」
「じゃあな!」


じゃあな、と言ってすぐに廊下を走って行ってしまった。
しかも微妙な笑顔を浮かべながらだ。

一体何なんだ?

疑問を抱きながら、小さくなっていく背中を見送った。





校内にある図書館を出て、音楽室に向かう。
今日はこの前借りた本の返却日だった。

実は鳳君騒動で忘れかけてたけど……。

新しく借りる本を見ていたら、予想以上に遅くなってしまった。
探してる本が無かったのが原因だろう。

こんなに時間を無駄にしている場合ではないのに……。

不意に、ピアノの音が聞こえてくる。
最初はゆっくりと、確かめるように。
徐々に引き込まれるようにメロディーが走った。
そして伴奏もついてくる。


「この音楽は……。」


どこかで聞いたことのある音楽だった。
よく聞く音だった……。
それは……。

昨日私が唄っていた唄?

気が付くと、音楽室は目の前だった。
何故か扉がおもいっきり開いている。
そのところから覗いてみると、そこには彼がいた。


「鳳……長太郎?」


ピアノに魅入られたように、一心に弾いている。
そんな彼には、周りなど全く見えていないようだった。

白と黒の鍵盤に向けられている目は、とても真剣で……。
一瞬にして全てを飲み込んでしまいそうだった……。


「いい音だね。」


自分の突然の行動にハッとした。
全然、声をかけるつもりは無かった。

本当はいきなりの接触にとても焦っているのに、私はたぶん微笑んでいる。

何故なのか分からない。
だけど私は笑顔のまま、鳳君に近づいた。


「今弾いてたのって、私が唄ってた唄をアレンジしたものかな?」


率直な疑問を述べる。
彼は鍵盤(けんばん)から目を離さずに答えた。


「アレンジって言うほどかっこ良くないです。想像して弾いてみただけですから。」


口元で笑いながらも彼は、どこか照れているような感じがすだ。
ふと、鍵盤から視線を外した彼と目が合う。

その瞳はとても澄んでいた……。


「すごいね!結構中(あ)たってたからあの唄を知ってるのかと思った。」
「いや、全然知らなかったです。ただ、雰囲気で邦楽じゃないとは思ったけど……。」


鳳君が素直に答えてくれるから、こっちは調子に乗ってしまう。
いつもの私より、とても饒舌(じょうぜつ)になっている。

言葉が止まらない。
思ったことがすぐに言葉になってしまう。
そして笑顔も消えない。


「へぇ。音楽好きなんだ。」
「はい。」


そこで会話が途切れる。
視線が交わったまま、動きは止まったまま。

話題はまだあった。
何か聞こうと思っていたことが沢山あった。
でもそのとき、私は何も聞けなかった……。


「あの……。」


永遠のようで一瞬だった沈黙。
それを破ったのは、鳳君だった。


「貴女の名前は?」


沈黙を破った言葉は、少し間抜けだった。
初めて会った人には必ず聞くこと。
一番大切な"名前"だった。


よ。君とは趣味が合いそうだね、鳳君。」


いつもの癖で、手を口元に添える。

次の瞬間から、鳳君の行動が完全に停止した。
急に彼の焦点が何処に合ってるか分からなくなって、どこか遠くに行っているようだ。

何となくムッとする。


「鳳君?」


少し声の調子が強くなってしまった。
それにも鳳君は気付いていない様子だった。


「……はい。」
「大丈夫?」
「…あ、はい。」


全然ダメだと思って、ピアノを通り越して窓際に行く。

昨日の雨で助長された蒸し暑さが堪える。
運動部の声と蝉の声が夏を余計暑く感じさせる。

突然、新しい疑問を思いついた。


「あのさ……。」


外に向けていた身体を黒いピアノの方に向け直す。
鳳君の瞳も、今度はここを見ている。


「もしかして私の事、2年生だと思ってる?」
「え?違うんですか?」


即答。

私は童顔の所為か、年下に見られることが多い。
大抵、2歳くらい間違えられてしまう。
鳳君の態度は年上に対しての態度ではなく、同い年に対しての態度のように思えた。

当然予想は当たっていた。
気付かれないように、小さく溜め息を吐く。


「私これでも君より年上よ?」
「え?!」
「宍戸くんと同じクラスですよ〜。」


鳳君は唖然(あぜん)としているようだ。
私だって驚いている。

私は去年の合唱コンクールでソプラノのソロをやった。
クラスは当然優勝。
それを今の二年生は見ていたはずなのに……。

考え込んでいる彼に声をかける。


「ねぇ。さっきの曲、もう一度弾いてよ。」
「……はい。」


笑顔で頷くと、彼は鍵盤に向かった。





指が滑るように鍵盤の上を移動してゆく様子は、私の心を捕らえて放さなかった……。










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あとがき+++

『うたごえ』はここまででしたが、『君にしか聞こえない』はもう少し続きます。
もうちょっと想いが高まるまで続けます。

どこまで展開するかは謎ですが(笑)

ドリとは関係ないですが……。
投票所であんまり票が集まらないことに、ちょっとがっかりです(泣)
寂しいよう!


by碧種


04.07.29