どうしてこんなにも気になってしまうんだろう?
どうして、
どうして、
どうして……
雑踏のなかで 1
夏休み明けのまだまだ暑い中、冷房の効いた体育館で全校集会が行われる。
ほとんど休みが無かった俺にとっては授業があるかないかだけの差。
去年はそうだった。
今年はこの日が別の意味を持つ。
"やっと先輩に会える"
夏休みは一度会ったっきり。
しかもそのとき先輩はとても思いつめていたから、ずっと心配していた。
進路の事、どうなりましたか?
元気ですか?
大丈夫ですか?
また唄ってくれますか?
訊きたい事も、知りたい事も、頼みたい事も山積みで……。
全校集会もそっちのけで先輩の姿を探す。
宍戸さんのクラスは……、あそこらへんかな?
やっぱり遠くて見えないな……。
遠いなぁ……。
今、手の中には小さなメモがある。
"今日も昼は音楽室で"とだけ書いたノートの端切れ。
これを渡す為だけに必死で先輩を探している。
いっそ宍戸さんに頼むかなぁ……。
そのほうが確実な気もするし。
ちょっと弱気になってしまう。
あまり長時間、直接話すことは出来ない。
もしそんな事をすれば、先輩方曰く。
『の命が危ない。』
らしい。
俺の自覚が足りないのか、先輩方の言う事が大袈裟なのか。
先輩方のファンを見ていると、一概に大袈裟だとは言えない。
『それでは、各自HR教室に戻って下さい。』
あれこれ悩んでいるうちに全校集会が終わってしまっていた。
「何座ってんだ、長太郎?」
「……宍戸さ〜ん。」
自分でも分かるほど情けない声で話しかけると、一瞬宍戸さんが後退った。
階段の隅で待ち伏せるように体育座り。
おまけに落ち込んでますオーラ全開で座っていた。
いくら人気のある人だとしても、そんな状態では誰も近寄りたくない。
更に言うなら、声も掛けたくない。
実際に誰も近づいて来なかった。
宍戸さんか、他の先輩方か、先輩が通る事を期待して待っている間ずっとだ。
「何つーか、近寄りたくない空気だな。」
「そうなんですよ……。先輩方を待っている間、誰も近寄ってこなかったですよ。」
普段の騒がれようを考えるとありがたい位でしたが、と自嘲気味に言ってみる。
俺の言葉が途切れると同時に、宍戸さんは笑った。
「近寄りたくない男No.1にはならないでくれよ。」
「……気をつけます。」
「で、そんな状態で待ってた理由は?」
もはや当初の目的を忘れかけていた俺に、宍戸さんは尋ねた。
俺の手には小さなノートの切れ端が握られたままだった。
それを宍戸さんの方に差し出す。
「先輩に、これを。」
「渡せばいいんだな?」
「お願いします。」
「おう、任せとけ。」
宍戸先輩は短く了解の言葉を言うと、足早に去ってしまった。
その後姿を見届けてから自分の教室へと足を向けた。
そして、あのメモがちゃんと先輩の手に渡る事を期待しつつ昼休みを待った。
軽やかな足音が近づき、扉が開く。
「ごめん、ちょっと遅くなっちゃった。」
「いえ、そんなに待ってませんから。」
「じゃあ、待ってたんだ。」
「う……。」
絶妙なツッコミを入れて先輩は俺の隣に座った。
横目に見たその姿が元気そうなのに安堵する。
けど何も聞けない。
聞きたいけれど、聞けない。
いつの間にか自分の中にそんな臆病さが生まれていた。
じっと先輩の顔を見詰めると、にこりと微笑んだ。
「鳳君に朗報があります。って言っても、私の事だから嬉しいかどうかは分からないけど。」
「何ですか?」
何が朗報なのか。
俺が聞きたかった事と同じなのか。
試合でもないのにドキドキしながら先輩の言葉を待つ。
そんな俺の様子を楽しむかのように、なかなか次の言葉が継がれない。
やや間があって、笑みを深めた先輩は言った。
「なんと、あの堅物の父親が音楽専攻への進学を認めてくれました。」
「よっ……良かったじゃないですか!!」
「これも鳳君のお蔭。本当にありがとう。」
「いえ、俺は大した事はしてません。頑張ったのは先輩自身ですよ。」
「でも助けられたのは事実だから。」
ありがとう、と再び言って今までで一番嬉しそうに笑った。
その笑顔を見た瞬間。
不思議と今まで過去にあった出来事の中で一番嬉しかったように思えた。
自分の事ではない。
ましてや宍戸さんの事でもない。
つい最近知り合ったばかりの先輩の事だというのに……。
どうして……?
折角の会話も上の空のまま終わってしまった。
帰りがけに掛けられた言葉さえ右から左で、部活にも身が入らなかった。
どうして
どうしてこんなにも気になる?
どうしてこんなにも嬉しくなる?
どうして……
next
あとがき+++
ずいぶん間が空いてしまって、すみません。
本気で終わらせる為に珍しくプロットなど書きました(笑)
ホント、珍しいんですよ(夢に関しては)
それ通りにいくと嬉しいな、と。
今年中には終わらせたいですっ!
by碧種
06.09.29