そんな馬鹿な話……
ありえないだろ?
悪夢の
何故こんな目に遭わなくちゃいけないんだ?
逃げ遅れた二年生's共通の意見だった。
確かに、このドアの向こうの木の陰や建物の陰に隠れている女性ファン前線の一部は彼ら目当てだろう。
特に鳳目当ての女子は少なくはないはずだ。
確かに授業に遅れそうなのは俺の所為もあるかもしれない。
出るタイミングを考えながらも、思考は他のところにある鳳。
クラブハウスの裏口の扉を前に他のメンバーの準備が終わるのを待っている。
何で俺が鳳なんかと……。
鳳の隣に立っている日吉も心の中でぼやく。
いつもの荷物プラス小道具として渡されたチョコレートの入った掌サイズの箱。
可愛らしくラッピングされたそれは日吉に似合うはずもなく、絶妙なハーモニーを生み出している。
二人は同時に溜め息を吐き、顔を見合わせた。
そして、開始の合図の携帯のアラームがなる。
「行こうか。」
「ああ。」
外に出ると同時に氷帝テニス部レギュラー陣による、冬の大演劇大会が始まった。
一足先に鳳が外に出る。
女子が湧いてくる前に日吉が後ろから追いかけた。
「待てよ、鳳。」
「日吉?俺に何か用?」
女子たちが出るタイミングを、とりあえず見事につぶす。
「跡部先輩と忍足先輩と向日先輩ならまだ部室だよ?」
「知ってる。」
「ジロー先輩と宍戸さんなら……。」
「表から出ただろ?俺はお前に用があるんだ。」
今まで見た事がないほどの連係プレーでそれぞれのファンを散らせた。
日吉はきょろきょろと辺りを見回して、女子が移動していく様子を見る。
何も分かっていないふりをしている鳳は表情を崩さない努力だけをしている。
だからなんで俺たちが!!
叫びたい気持ちを抑えて、本日最大の山場へと演技を進める。
「そんなに周りが気になるかい、若。」
クスリと微笑を浮かべる鳳。
日吉を下の名前で呼んだことによって、女子たちが異変を感じる。
「別に……。」
「それって照れ隠し?」
「違っ!!てめっ!」
一つだけフォローしてあげよう。
彼らは台本どおりにやっているだけだ。
そう、先輩の書いた台本どおりやっているだけだ!!
そのことをずっと頭の中で念じながら心の中で涙を流し、徐々に痛くなる女子の視線を凌(しの)ぐ。
「じゃあ、若が手に持ってるのは何かな?」
鳳が日吉の手を取った。
手の中には丁度いい具合に、目立つようにラッピングされた小さな箱がある。
当然この似つかわしくない小道具だってに渡されたものだ。
これで失敗したら、下克上どころか一生の恥だ。
「これは……。」
「俺へのプレゼントでしょ?」
「……その自信は何処から来る。」
「違うの?」
嗚呼、バカップル。
何が悲しくて俺たちはこんな事をしているんだ?
これっぽっちも好きじゃない野郎目の前にして……。
心の中では文句を言いつつも、全く表情に出さずに演技を続ける二人。
「違うの?」
「…………。」
「そうか、若は別の誰かにあげるんだね。」
残念そうに俯(うつむ)く。
それを見て眉を顰(ひそ)める日吉。
これも全部演技だっていうんだから、すごい。
「お前以外のヤツのために俺がこんな事をするか?分かってて言ってんだろ?」
「あ、ばれた?」
溜め息を吐いて、鳳から顔を逸らして箱を渡す日吉。
嬉しそうに微笑む鳳。
微笑ましいバレンタインのカップルの図の完成だ。
宍戸+ジローサイド
05.02.14