そんなはずない!!



そんな事は……


絶対に……



無いはずなのに……










ネガティブ










朝学校に着いて靴を履き替えようとしたら、久しぶりのアレがあった。


「ご丁寧に封筒に入ってる……。」


薄紅色の封筒に入っていたのは、場所と時間だけが書いてある紙切れ一枚。
その呼び出しの手紙をクシャッと握り潰した。

跡部と別れてから、今までは大人しかったのにね。
いったい何の用だって言うんだ。

ため息が出るのを抑えて教室に向かう。
原形を留めていない手紙は鞄の中に仕舞った。


「放課後に屋上か。」


呟かれた言葉はまるで、氷の様な冷たさを秘めていた。





誰にも見つからないように細心の注意を払って、階段に向かう。
表情は凍らせたまま、ただ歩くだけ。
屋上に続く階段はだた一つ。
西棟のD階段。
そこを上っていく人間はそんなに居ない。


「鬼が出るか蛇が出るか……。どっちも出るか……。」


無意識に口の端が上がる。
今まで、何度呼び出されても無傷で帰った。
誰かに守られたわけじゃなく、自分で自分を守ったんだ。


扉の前で一度止まる。

五人……いや、八人?


扉の向こうから聞こえる僅かな音から読み取る。
別に最初からこんな事が出来たわけじゃない。
数年前からあちこちの道場で我武者羅(がむしゃら)に習った武道の経験が、こういう時に出る。


「楽勝……かな。」


鬼が出ようと蛇が出ようと、一蹴するつもりで扉を開ける。
そこに居たのは髪の長い女子が八人だけだった。
昔の私と同じ、腰までほどある長い髪を持っていた。
ほぼ横一列に並んでいる女子たち。
何か言いたげにこっちを見てる。


「んで、何か用?」


面倒くさそうに言う。
その行動が彼女たちの神経を逆撫でしたのか、キレた。
そりゃもう、ブチッて効果音が鳴ったんじゃないかと思えるくらいに。
人とはキレると饒舌(じょうぜつ)になる生き物のようだ。

「あんた何様のつもり?!!」
「俺様」なんて言ったらアイツみたいで悔しいから言ってやんない。

何様って言われたって困る。
何せどうして君たちが怒ってるのかすら解んないんだから、対応のしようがない。


「邪魔なのよ!!」
「いい加減にしてくれない?!」
「ウザイのよアンタ!!!」


具体的に言ってくんないと解んないし。
埒(らち)があかない。


目の前の人々に聞こえないように舌打ちする。
時間の無駄だと言って帰ってしまおうか、とも思った。
長い髪の彼女たちが次の言葉を言うまでは、何も感じていなかったのだ。

「別れてまで景吾君の心を縛らないでよ!!」


さっきまで意味を成さない言葉を発していた女子が、今度は意味不明な言葉を言い出した。


何ヲ言ッテイルノ?
僕ガ跡部ノ心ヲ縛ッテイル?


ソンナハズナイ、と拒絶する心と停止する思考回路。
頭の中がグチャグチャになって掻き乱された様だ。
頭が混乱して、身動きも取れない。
そして、息苦しい。
どうして苦しいのかは、分からなかった。


「何でアンタなんか!!!」


パシッと良い音がして、頬が弾かれる。
女の子らしく平手打ち、といった所だろうか。
一人が暴力を振るうと、他の奴らも一緒になって殴る蹴るのリンチ開始
涙ぐんでいる者、怒り狂っている者……。
みんな負の感情とか云う物を僕にぶつけてくる。


でも……。
今の僕にはそんな事を感じられなかった。


平手打ちをされた頬よりも心の方が抉られた様に痛かった。
蹴られた腹よりも胸の方が苦しかった。
本当に痛いのは気持ちだった。涙が出そうなほどに苦しかった。

「跡部様に何をしたのよ?!」
「何で景吾君は貴女ばかり見ているの?!!!」
「どうしてよっ!」


何が本当で何が嘘かも判断が出来ない状況で、彼女たちが言っていたことが本当ならば……。
僕は……何をしてしまったんだ?


正気に戻って、抵抗しようと身体を動かす。


「!!?」


思うように動かない身体。
されるがままになっていた身体は、予想以上のダメージをクラッていた。
逃れようにも身体が言うことを利かない。


どうすればいいんだ……。


絶え間なく与えられる暴行に、意識までも霞んできた。
最悪の状況だった。
その状況から僕を救ったのは、意外な人物だった。


「女子は怖いなぁ。」


突如、入り口付近から聞こえてきた声は女子をからかっている様にも聞こえた。
いや、実際からかうつもりで来たのかもしれない。


「忍……足?」


声の主はあの関西弁の男だった。
僕を囲っていた女子たちは驚いていた。
僕を庇うように出てきた忍足に……。
そして、その意味に……。


「今なら逃がしたるけど?」


さっきまでの笑顔はどこへやら、一転して冷たい笑顔になった。
固まっていた女子は、忍足のその言葉に弾かれた様に動き出した。
もちろん全員が出入り口となっている扉の方に、だ。
女子たちが全員居なくなって、ようやくその場が静かになった。





「どうしてここにいるんだ?」


座り込んだまま、近づいてきた忍足を見て言う。
表情を元に戻した忍足は、からかうような顔で来た。


「ホントは解っとるくせにぃ。」
「解らない。」


短く答える。
嘘ではない。
解らないんじゃなくて、解りたくないんだ。
何で忍足がこんな所にいるのかが解らない。
何で跡部が忍足をこんな所にやったのかが解らない。
どうして助けに来たんだ?


「跡部がなぁ。」


ああやっぱり…女子が言っていたことは本当なんだろうか……。


期待はしていない。
本当はしていたかもしれない。
きっと、ただの気まぐれだ。
そうでないとしたら……?
そう、ただの気まぐれだ……。


「『から目を離すな。』言うてな。今日の朝……。」


ほらやっぱり。
今日一日だけの気まぐれ。
今日一日だけの……。


そう思うと涙が……。
悲しいわけでもないのに、涙が……。


「でもな、今日は特にって意味や。跡部は今日だけやのうて、別れたゆう噂流れた後も『絶対に目を離すな』ゆうてたんやで。」
「え……。」


瞳に溜まっていた涙は一滴だけ零れ、それ以上溢れることはなかった。
驚きに顔を上げ忍足を見る。
にっこりと笑っていた。
これで解ったやろ?と言っているようだった。


人の言葉はもう信じないはずだった。
だけど……。


「テニスコート見てみぃ。」


その言葉に従って見たテニスコートには、落ち着かない様子でウロウロしている跡部が居た。


信じられなかった……。
だけど……。
ここから見えたのは、女子が言っていた事や忍足の言っている事を裏付けるモノしかなかった。


「ぁ……。」
「な?話ぐらいきいてやってもええと思わん?」


僕が完全に間違っていたとは思わない。
でも、跡部は……。
跡部 景吾は……。


「忍足……。」
「何や?」
「ありがとう。」
「気張ってき。」


そう言って私は……。
階段を駆け下りた。










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あとがき+++

中途半端でごめんなさい。
しかも、執筆中に割愛されてしまった大切な台詞が多々あったり……。

無駄に長いです。
スクロールバーがこんなに短いのは久しぶりだぁ〜。


by碧種


03.10.25(Deepにup)
04.06.24(dreamに移動)