ナイスコンビ?
悪友、親友?

言葉で表す事が出来るとしたら……










仲良し










4限終了のチャイムが鳴った。
授業に使った教科書をロッカーに放り込んで、弁当片手に席を立つ。
そうしていると、教室の入り口に見覚えのある人が居た。

教室中の女の子たちの視線を集める彼の名は、忍足侑士。

天然の美人顔と低い声と長身で人気を集めている。
氷帝学園の美形の宝庫テニス部で女の子たちの人気を集める一人だ。


おる?」
「ここに居る。」


珍しく私を訪ねてきた忍足は、購買のパンを片手に手招きをしていた。
何の用か分からずに出入り口に居る忍足に近付く。
掴み所のない笑顔を浮かべているのがとても不審だ。


「忍足が来るなんて珍しいね。」
「ああ、岳人がなぁ。」
「向日が?」
「購買行く時間ないから買っとけ言うて、行ってしもたんや。」
「はい?」


アイツは4限が始まる前は、一緒に購買行こうと言っていたはず。
だから授業が終わってすぐに教室を出る準備をしたというのに……。

突然のこの仕打ちは、いったい何だろう?


「それで忍足が購買に行ってきたの?」
「4限自習やったんや。したら岳人からメール着て……。」
「早めに購買行って、私のクラスに来たと?」


無言でコクリと頷く忍足。
私より頭一つと少し大きい男がそんな仕草をした事には驚いた。


でも、それ以上に驚いたのは向日の行動だ。


今まで一度も約束を撤回されたことはなかった。
しかも人伝(ひとづて)にだ。

ショックというか……何と言うか……。


「ムカつく。」


思ったことを思わず口にしてしまった。
だけど呟き程度の言葉は、休み時間の教室の喧騒に掻き消された。


「何か言うたか?」
「何も。向日何処に居るか知ってる?」
「確か……裏庭。」


忍足が答えるが早いか、その手から向日の昼食と思われるものを奪って走り出す。


「届けとくね〜。」
「あー。……。」


何か言いたげな声が後ろから聞こえたような気がしたが、無視して裏庭まで走る。
階段を下りて渡り廊下までを一気に駆けた。
裏庭が見える位置まで行ったとき、見慣れた派手な色の髪が見えた。


「あ……。」


声を掛けようと思って口を開いたけど、上手く声にならなかった。
原因は俯(うつむ)き気味で向日の正面に立っている女の子。


あーあ。
告白現場に遭遇しちゃったよ……。


忍足の顔が一瞬浮かぶ。
私がパンを奪って走り始めようとしたとき、何か言いたげだったあの顔が。
要するに、忍足はどうして向日が購買に行けなかったのか知っていたのだろう。


そういうことならちゃんと言おうよ、忍足……。


忍足の話をちゃんと聞きもせずに飛び出た事を棚に上げて、文句を言う。
女の子と向日に見つからないように、背の低い木の陰に隠れるように座った。

二人の声が遠く聞こえる。
女の子の声はとても可愛くて、澄んでいた。
向日の声が困惑しているように聞こえた。





「断わるなら理由を教えて下さい!」





女の子が急に声を張り上げた。


ああ、向日は断わったのか……。


木の向こうに見える空を見上げながら、ぼんやりと考える。





「だって俺、好きな奴いるし。」





・・・・・・・・・・・・え?





予想外の言葉に、無言で動揺する。

好きな子がいるなんて初耳だった。
それに、いなくて当然だと思っていた。

だって、部活がない日は私かテニス部メンバーでどっか行くし。
だって、学校の休み時間は私といつも一緒にいるし。
だって、誰かを見ているところなんて見たことないし。

だって、だって、だって……。


まとまらない思考がぐるぐる回る。
ぐるぐる回る思考と一緒に、頭がくらくらしてくる。





「それって、断わる為の嘘じゃ……。」
「俺が嘘吐く意味ある?」
「あ………。」


珍しく冷たく言い放たれた向日の言葉に意識が引き戻される。
それと同時に思考回路が一気に冷えた。

空耳じゃない現実が、軽く痛い。


「ごめんなさいっ!」


告白逃げをする女の子の足音が頭に響く。
ちょっと間があって、向日の足音が近付いてくる。


「盗み聞きなんてシュミわりぃーぞ、。」
「むか……ひ…。」
「ん、何?」


そうじゃない。
そんな事じゃない。

上から覗き込んでくる向日と目を合わせていられなくて俯いた。
声を発する気力も何もなくて、ただ黙り込む。

しばらく黙って待っていた向日が話しかけてくる。


「あの、さ……、俺が断わったあたりから聞いてただろ?」
「うん。」
「断わった理由聞こえたか?」


ちょっと照れたような声で尋ねてきた。

それがとても嫌で。
どうしてか分からないけど嫌で。
嫌で嫌で嫌で……。

気付いたら、口が大暴走していた。


「そうだよね……。」
「え?」
「向日だって好きな子ぐらい、いるんだよね。」
「まぁ……。」
「告っちゃいなよ。向日はイイヤツだから、きっと誰も断わらないし。」


張り付いたような笑顔が剥がれないまま。
何を口にしているのか分からないまま。





私は地雷を踏んでいた。





私の言葉で、その場の空気が一気に冷たくなるのを肌で感じた。

向日の顔なんてさっきから見ていないというのに……。
怒っているのが解る。
無言の怒りが肌に染みる。


「なんだよ、その言い方。」


言葉と視線が突き刺さる。

何か言い返さなくてはいけない気がした。
どんな言葉でも良いから、返すべきだと思った。
だけどそんな私の意志は、交錯する思考に掻き消されてしまった。





バキッ





頭上で響いた音に顔を上げる。

音源は私の寄りかかっていた木の、丁度私の真上。
そこに小刻みに震えた向日の手がある。

それを見ただけで、今すぐに何か言い返さなくてはいけないと思った。
思っただけで行動に移す事は出来なかった。
頭で考えて行動に移すよりも前に、胸倉(むなぐら)を掴まれて無理やり立たされる。


「なっ!!」


驚きのあまり真っ直ぐ見てしまった顔は、とても怒ってた。
でも、どこか悲しそうにも見えた。

言葉じゃなくて、目で何かを訴えようとしているのがわかった。
いつもならそれで伝わるのに……。





今、向日の目は私に理解できない何かを必死で訴えていた。





引き結ばれた口が、ゆっくりと開く。


「俺は……こんなに必死なのに、には何も伝わんねーの?」
「わか…らな、い。」


必死すぎる瞳から逃げようとした。
視線を逸らそうと思っても、その目に囚われた様に逸らせない。
じりじりと拮抗しあう意思の力は、相殺(そうさい)される事なく迫ってくる。


今が昼休みで、
ここは人気のない裏庭で、
この瞬間、この場所には私と向日の二人しかいない。


そんな事を感じる余裕さえなくなる。





無言の対峙の後、先に動いたのは向日だった。

片方の手で私の両手を強く押さえつけた。
もう一度私を睨むように見た。


そして……。


「―――っ!!」


私の首筋に『噛み付いた』。





瞬間

何もかもが吹き飛んだ










next





あとがき+++

ま、また予想以上に長くなっています……。
前後編で終わらせるはずが、何故か前中後に……。
いつもの事ながら自分の計画性のなさに絶句しております。

なにやら雲行きが怪しいのは自主規制でカバー(意味が分からない方は幸せかも(苦笑) )
楽しくなってくると、指が勝手にキーボードを叩いているのでたまに焦りますが。

残り一話、お楽しみ下さい。


by碧種


05.03.25