身動き一つ取れない重い沈黙。
それを破ったのは意外にも、普段寡黙(かもく)な烝だった。










笑って   4−heroine side−










「何でここに居るんか、説明せぇ。」


烝はいつの間にか床に正座していた。
黙ったまま、私もその正面に座る。

さて、何から説明しようか。
全てを話す必要はないはずだ。

一つ一つの出来事を頭の中で整理する。
その中から必要最低限の話すべき事を選ぶ。
一つ一つ慎重に。


「ちょっと歳と総ちゃんに用があって、浪士の格好で来たんだ。そしたら2人に、ちゃんと女の格好をして帰れって言われて、仕方なく烝の着物を借りてきてるわけです。」


別に変な意味はないのよ、と付け足す。

少しだけ嘘を吐いた。
でもそれは、言うべきではないところを修飾しただけ。
烝と逢いたかったなんて事は言わない。
まだ信用してくれてはいないだろう。
だから私は話を逸らす。


「そうそう。総ちゃんから聞いたんだけど……。」


ほら、また嘘を吐く。
視線も逸らさず易々と。
誰から聞いたか。
それは私にとってどうでもいい事だから。
それに、今アユちゃんの名前を出して混乱させたくない。

「市村鉄之助君っていう子に懐かれてるんだって?」


実際は懐かれているのではなく、対抗意識を燃やされているだけだったと思う。

でもね。
きっと屋根の上で仲直りをしたんだろう。

烝の表情が少し緩んだ。
笑顔とは程遠い。
それでも仮面ではない表情だ。


「さっき……ダチやって言われた。」


戸惑っている。
けど、逃げようとはしていない。
そんな顔をしてる。
視線も僅(わず)かに泳いでいる。

最近は、ほとんど殺しきっていた表情が表面に浮かんできている。

これが仔犬くん効果なのかな?


「ほんで、いろいろ教えたるって。」
「そっか……。」


他人からの感情を受け止めようとする子供のような心。
それは烝が知らなかった事。
本来知って然るべき事。
私たちが知って欲しかった事。


「やっと理解し始めたってことか。」


私が小さく呟いた言葉は、誰の耳にも届かずに消えた。

怪訝(けげん)そうな顔を向けてくる烝がいたけど、そんな事は気にしなかった。
否、気にしている時ではなかった。

スッと立ち上がると、当然のことながら烝に咎められる。

言葉ではなく行動で。

突然腕を掴まれた。
そのまま進む事も出来ず立ち止まり、振り返る。


「なんで俺を置いていくんや。」


それはまるで私に縋り付く様だった。
だけど、ただ無意味に何かに頼っているようにも見えた。
それだけは許せなかった。

私を引き止める手をおもいっきり振り払った。
更に追い討ちをかけるように冷たく言い放つ。


「君には私が必要ないからだ。」
「違う!!」


間髪入れず、力強く否定された。
予想以上の強い反発に動きが凍る。
その間に烝は立ち上がり、私の行く手を塞ぐ。


「俺にはあんたが必要や。」


真っ直ぐな言葉に決心が揺らぐ。
でも、崩れるには至らなかった。

しかし……。

事を成し遂げるには、嘘や建前を捨てなくてはならないかもしれない。
どうする。

こちらの返事を待っている相手がいる。
瞳は全てを貫きそうで、その前では嘘さえも脆く崩れ去りそうだ。
強い視線は決心を容易く揺るがす。



それでも私は……。



「烝に必要なのは私じゃなくて、鉄君だよ。」


そう一言言って、無駄のない一連の動きで……。


「ぐぁっ!!?」
「ごめんね、烝。」


人間とは弱いモノで、急所に一撃入れれば気絶してしまう。
肋骨が折れない程度に手加減はしたけど、拳がもろに鳩尾(みぞおち)に入ったんだ。
しばらくは、まともに喋れず動けないはず。

床に倒れる烝を見下ろす。
手に持っていた簪(かんざし)を放り投げる。
そしてクルリと背を向ける。


「烝。」
……。」
「それはあげる。でも……。」


部屋の中からは掠れた声がする。

喋る事が出来るのは、普段から鍛えているからだろう。
でもきっと、立つ事は出来ない。

振り返りもせずに言葉を続ける。


「それ以外は何もあげない。」
「……っ。」


泣きそうな声で訴えかけてくる。
こんな声、どこで覚えたんだろう。
その声にいくら決心が揺らごうとも、私はここを去る。


もう決めたんだ。


「さようなら。」


結局一度も振り返らずに部屋を出た。
まるで逃げるように……。















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