『あんたは早よ逃げ。』
『でもっ……。』
『あんたまで死んでもたら、烝にあわせる顔があらへんわ。』



そう言ってアユちゃんは綺麗に微笑んだ。
縄を解こうとする私の手を言葉一つで止めた。



『弟の事、頼むで。』










笑って   1










壬生新撰組屯所前に近付く。
門の前に立っているのは知らない隊士だった。


当然といえば、当然かな。


来たのはとても久しぶりで、しかもこんな理由では来たくなかった。
足取りも自然と重くなる。
徐々に近付いてくる新撰組屯所の文字は、あの頃より良い味を出していた。

門番をしている隊士に話しかける。


「すみません。新撰組局長の近藤勇殿にお目通り願いたい。」


隊士の顔が引きつった。

あんな事があった後だ。
当たり前の反応と言ってもいい。

そんな可哀相な隊士に告げる。
はっきりと聞き取りやすい声で。


「局長殿にが参りましたと、そう言えば分かって下さるはず。」


しかし隊士達はおろおろとするだけで、伝えに行こうとはしない。
そして救いを求めて私の背後を見た。
そこには運良くあの人物がいた。


「土方さん!!」
「一体なんだ。」


何気ない動きで後ろを振り返る。
そこにはあの日と変わらない瞳を持った歳がいた。
隊服を着た者たちを後に従えている姿は、流石鬼の副長といったところか。

彼はこちらが誰だか気付いていないようで、訝(いぶか)しげな視線を投げかけてきた。

確実に疑(うたぐ)られているだろう。
まあ、こんな格好(かっこう)で来た私も悪いのだが……。
昔の仲間に気付かないのはちょっと酷(ひど)い。

片手を挙げて、親しげに挨拶(あいさつ)をする。


「久しぶりだね、歳。」


私が最高の笑顔で言ったというのに、相手は全く気付かない。
それどころか、ますます警戒されている。

歳は鈍いを通り越して馬鹿だ。
これだけ私が頑張って主張しているというのに……。

歳の右手が得物のほうに動く。
瞳が人のものではなくなる。



―――危険だ。



私は瞬時に判断した。
これはあの頃に鍛えた、この感覚のお蔭(かげ)だろう。

ふざけるのは止めて、真面目に挨拶(あいさつ)をしようとした。

刀を鞘(さや)に収めたまま右手に持ち、戦意がない事を示す。
高い位置で縛っていた髪を解く。
深々と頭を下げる。


「お久しぶりです、歳。です。」


頭を上げると、無表情を僅かに崩した歳がいた。
その表情を言葉で表すとしたら"驚愕(きょうがく)"だ。


「本当に……なのか?」


疑われても、驚かれても文句は言えない。
ある日突然消えた昔の仲間が、突如として目の前に姿を現したのだ。
しかもあんな事があった直後だ。

歳は納得はいかないものの、面影が全くないわけではないその人物を見て悩んでいた。

は昔から変装が上手かった。
そしてずっと仲間だった。
まだ、新撰組と名乗る前からはいた。
昔はただの村の住人だと思っていた。


「土方さん……。」


どうすれはいいのですか、と目線で訴えかけてきた隊士は今にも泣きそうだった。

相手を通して良いのかいけないのかも分からずに途方にくれ、しまいにはその人物が歳と普通に話をしているようなのだ。
さらに緊張感を漂わせたままの状況で自分たちは放置されたのだ。
誰でもいいから助けてくれ、と願っているのだ。


。」


ため息を吐いた歳は、を呼んだ。
指でこっちに来いと言ってそのまま連れて行く。

入り口に残されたのは不幸な隊士たちだった。










板張りの廊下を通る。
床が軋(きし)む音が小さく聞こえ、それがまた心地よい。

その廊下を進んでいくと、一つの部屋に入れられた。
初めて入ったその空間には必要最低限の調度品しかなかった。
適当なところに腰を下ろすと、歳はすぐに私に話しかけた。


「何のために来た。」


誤魔化(ごまか)しも何も無い、彼らしい問いだった。
真っ直ぐにこちらを見る目は、困惑の色も批判の色も帯びていなかった。
ただ、"何故?"と問いかけてきた。

私がこの場にいる事は少々不味い。
あんな事があった直後に、部外者が副長の土方と面会しているのだから。
本来なら、さっさと用事を済ませて早々に立ち去るべきだ。
しかし、今回はそうも出来ないのだ。


「言葉を伝えるため、馳(は)せ参じたまでだ。」


本当の事を言った。
嘘は一つもない。

真っ直ぐと相手を見ながら答えた。
嘘は吐いていないと誓うように。
相手の下す審判を待つように。

歳は疑う様子はなかった。
ただ、追求すべき事を追及した。


「誰の言葉だ?」


こんな時に。
こんなに危険を冒して。
この様な場所に来る理由はどこにあるのか。

歳はそれを追求しただけだった。
その言葉には俯(うつむ)く。

次の言葉を聞けば、新撰組の誰もが納得するだろう。
そして、とても驚くだろう。
だからこそ言わなければならないこともある。

顔をもう一度上げ、相手の顔を見る。
昔と変わらないその顔が言葉を詰まらせる。
息を呑んで覚悟を決める。
そして、答えを音に乗せる。


「アユちゃんの……言葉だ。」










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あとがき+++

初ピスメです。
烝夢なんですが、まだ歳しか出ていなかったり……。
こっからですよ、きっと。

描写に第三者視点を織り交ぜながら書いたのですが……。
どうも上手くいっていない気がしてならないっす。
やっぱり、その場にいる人間の視点の方が楽ですね。

アニメのピスメでは今週、烝君が復讐に行きました。
あのシーンは何度見ても良いですよね……。
素手で殴る烝君が切ないです。
誰かにマンガ借りて読みたいなぁ……。

by碧種


04.02.26