傷つける限り傷つけた
それでも離れてはくれない……
傷つけばいい
誰にも言ったことはないけれど、俺はあることに怯えながら生きている。
今まで忍として生きてきたのだから、「普通」のことからどんどん遠ざかっているのを感じずにはいられない。
だから俺は、失ってしまった「普通」を手に入れないように避け続けていた。
「普通」に気を休めること。
「普通」に遊ぶこと。
「普通」に自分を演じないこと。
「普通」に誰かを信じること。
「普通」に誰かを愛すること。
誰にも気づかせず、「普通」に見せかけた行動の裏には、いつも冷静に分析する自分がいた。
その中でも誰かを愛することだけは、絶対にできなかった。
その状況を離れられない俺を、変えてしまいそうな人に出会ってしまうまでは……。
俺が出会ってしまった彼女は、名前をと言った。
は、アカデミーをその年一番の成績で卒業し、平凡ながら優秀な忍だ。
そんな「平凡」で優秀な彼女は、くの一としての素養を十分に発揮していた。
だから、いつの間にか上忍として俺と共に任務をこなすようになっていた。
彼女の第一印象は、可愛い人だった。
スレたところ一つない性格はもちろん可愛いが、容姿から何から何まで可愛い人だったんだ。
アーモンド色の大きな瞳は童顔を強調していた。
自然な茶色をしたさらさらの髪は天使のようだし。
小さい身体が俊敏に動く様子は、森の栗鼠のようだと思った。
そして彼女は、俺と仲良くなった。
仲良くなっただけならばよかったのに、はいつの間にか俺の心のずっと深い所に入り込んできた。
「カ〜カシさん!あっそびぃましょ!」
俺の部屋を訪ねて、少女のようにじゃれ付いてくるに、俺の心は警鐘を鳴らす。
本当にいつの間にか、彼女を大切な人として位置付けている俺がいた。
だから俺の心は、再び大切な人を失いたくないと叫ぶ。
パシっと乾いた音がした。
彼女の手を俺が払いのけた音だ。
疑問符を頭の上に浮かべたは、もう一度近づいてこようとする。
それを俺は全力で薙ぎ払い、は紙一重でかわした。
「カカシ、さん?」
はじめて俺に拒まれたは、その場で立ち竦んでしまった。
俺は彼女ができるだけ傷つくように、敵を見るような目で睨み付けた。
「な〜んか君、勘違いしてるデショ?」
「っえ?」
「俺が君に構ったのは、女に甘いっていう人物像を周りに植えつける為。それ以上でもそれ以下でもないって、分かってんの?」
俺は、ふざけた振りをするのと同じ要領で真面目な顔を作り上げる。
冷たい口調を作ることさえ朝飯前。
「正直、邪魔なのよ。消えてくんない?」
黙り込み、立ち去ろうとはしない。
彼女の立っている場所に、思い切りクナイを投げつけた。
「消えろ。」
だって腐っても忍。
変わり身の術であっさり俺の部屋を去っていった。
遠ざかるの気配を確認して、俺はため息を吐いた。
次の日。
待機から戻る俺を待っていたのは、いつも通りのだった。
彼女はいつも通り部屋に直接尋ねてきて、俺を外に誘おうとする。
「カ〜カシさんっ!今日こそ飲みに行きましょうよ。」
俺は呆れてものも言えなかった。
そんなの言い分はこうだった。
「あ、昨日仰った事ですが、私の知ったことではないですから。」
俺に無垢な笑顔を向ける彼女に、俺の心が危険だと騒ぐ。
あっけらかんとしているを、前の日と同じように追い払う。
初めて俺は、怖いと思った。
どうして「平凡」な忍である彼女が、俺に固執するのか。
誰とでも仲良くなれ、誰にでも好かれる彼女が俺の近くにずっといるのか。
どうしてこうも、俺のペースを乱すのか。
いろいろ考えた結果、俺は危機感に従ってを避けることにした。
の気配を感じれば、瞬身でその場を離れた。
部屋にの気配が近づけば、気配を消して居留守を使った。
全神経を研ぎ澄まして彼女を避け続けた。
「っ、……。」
うまく避け続けていた筈だったのに、彼女は暗い俺の部屋のベッドで寝ていた。
神経をすり減らしながらの日常と、短期だがAランクの任務で疲れた身体は、警戒を怠っていたのだ。
彼女の気配は異常に希薄で、ベッドから起き上がる様子がまったくなかった。
頭に過ぎったのは「死」だった。
嫌な予感を振り払うように、の横たわっているベッドに駆け寄る。
その状態を確かめようと彼女の首筋に手を伸ばした。
「つか…、まえた。」
「っ!」
力のほとんどこもっていない手に、俺は捕らえられてしまった。
死んだかのように横たわっていたの腕には、小さな痣が点在していた。
「お前、…まさか。」
「…こう、でも、……しなきゃ。会…て、くれなぃ……もの。」
俺は、ようやく状況を把握できた。
服で覆われた彼女の身体には無数の痣があるのだろう。
彼女は日向の誰かに協力させて、人為的に自らのチャクラ穴を封じたのだろう。
そして、まともに動かない身体を引き摺って、俺の部屋に転がり込んだんだ。
「どうしてそこまでする?」
俺の問いかけに対しては、困ったように笑っただけだった。
また心が、煩いくらいに警鐘を鳴らし続けている。
もっと遠ざけなくてはいけないと感じ、の両手を拘束した。
「殺されたいの?それとも犯されたい?」
もっと滅茶苦茶に傷つければ、きっと離れてくれる。
そう思った俺は、の返事を待たずに服の中に手を入れた。
は泣きそうな顔でこっちを見た後、目を閉じて、全身の力を抜いた。
「……?」
俺の呼びかけに彼女は応えない。
否、彼女に意識がない。
「嘘、だろ!!」
ほとんど真っ暗な部屋の中で、の顔色は分からない。
日向の技でチャクラ穴を閉じたが衰弱していることは分かっているつもりだったし、忍である彼女が簡単にこんな所で死ぬわけないと知っていた。
ただ、掴んだ手が、触れている腰が、俺以上に冷たい。
焦っての状態を確かめる。
脈拍、呼吸共に薄弱。
だが、生きている。
衰弱しきった彼女の身体を抱えて、俺は病院に向かった。
心の中で、死ぬなと呼びかけ続けた。
next
あとがき+++
今回は大人でこどもなカカシさんです。
四代目が亡くなってから数年後のカカシをイメージして書きました。
チョイ長めなので続きます。
最近、NARUTOの第一部を読み返し、「やっぱカカシいいよカカシ」と思った所存です(笑)
ただ、第二部以降をまだちゃんと知らないので、原作設定にあってないところがありましたら、ごめんなさい。
by碧種
10.04.16