入り口に過ぎった人影
一瞬それが赤い髪のあいつに見えて
勢いよくその人影を確認したけど……
やっぱり……
違う人だった
Silver Link −遺されたモノへ−
「こんにちわ。」
そう一言言ってお店に入ってきたのは、茶色い髪の毛を持った少年だった。
その茶色い髪は日に透けた時、紅く見えてしまった。
懐かしい彼の姿のように……。
「……いらっしゃい。」
勢いよくあげた顔を、もう一度銀板に戻す。
一瞬動揺したがもう平気だ。
この少年は彼じゃない。
あの真紅の髪と、目の前のこげ茶の髪は全く違うものだ。
そして彼が戻ってくることは、恐らくないのだ。
あの日またと挨拶を交わした彼と私は、次はない事を覚悟していたのだから……。
突然は言ってきた少年は、入り口に立ち尽くしたままだった。
仕方なく作業している手を止めて少年に話しかける。
「何の用でしょうか?」
「あなたが……さんですか?」
確実に疑問系のその言葉は、私の関心を惹(ひ)くには十分だった。
そして、私は何かを期待した。
靄(もや)の様に掴めない何かを……。
驚きを隠すように平然と私は答える。
「ええ。私はですが……。あなたは誰?」
出来るだけ落ち着いて、言葉を選んで話す。
幼い、だけどどこか翳りを持った瞳が真っ直ぐこっちを見ている。
少し長い間が空く。
その間に私は作業を再開した。
胸の奥から湧き上がってくる感情を抑えるために。
目の端に少年が大きく息を吸ったのが映った。
「……です。」
「そう……。」
その言葉には、躊躇(とまど)うような間があった。
きっと嘘だろう。
でも、嘘を吐かないといけない人も世の中にはたくさん居る。
なんせ、この御時世だ。
深く詮索する必要はないだろう。
という名は、今は特別な意味を持っている。
四年前、今のトラン共和国で解放戦争があった。
そのとき赤月帝国の国民を解放したのが、という少年だったそうだ。
そんな名を、目の前に居る少年が持っているわけがない。
「で、その君とやらが何の用かしら?」
苦笑するような声が聞こえた。
名前を疑っている事が伝わったらしい。
「お届けものがあるんです。」
「……私に?」
「はい。ある人に預かったんです。」
手袋を着けた手を私の前に差し出す。
その上に赤黒い布を載せていた。
それをチラリと見る。
「コレを……。」
ゆっくりと布を開けていく。
幾重(いくえ)にも厳重に包まれていたものは……。
銀の……、銀の……。
作業をしている手が自然と止まる。
目はソレを捉えたまま動けない。
「それ、は……。」
「コレが僕の預かったものです。」
愕然とする。
布に包まれていたのは見覚えのある物。
店の中の僅かな光を反射して、白銀に光る。
計画的かつ細やかな細工。
剣と盾が密かにその中に沈んでいる。
そして一点だけの真紅のルビー。
ソレは私が作ったもの。
私が彼に贈ったもの。
笑顔で彼は受け取って、すぐに懐に入れた。
『ありがとな。』
その彼の言葉と、あたたかい手を今でも覚えていると言うのに……。
還ってきた物が"彼は帰ってこない"と言っている。
「どうぞ。お返しします。」
そう言った少年の声で現実に帰る。
ソレを包んでいた布と一緒に差し出されたものを、無言で受け取る。
錆びていない白銀は、あの日のままだった。
私の密かな願い。
アイツの強い想い。
全部を乗せた御守り。
銀で出来ているソレには傷一つ無かった。
表にも、裏にも。
どこにも傷や壊れた所は無かった。
手の上で転がして、細かい所まで見る。
それでもやっぱりあの日と変わらない、冷たい御守りがあるだけ。
だけどソレは、昔よりも少し重く感じられる。
何故だろうか?
「コレを……どこで?」
出来るだけ平静を装って言う。
だけど、言葉は不自然に途切れた。
表情もきっと引きつっている。
「シードさんから預かりました。」
私は……。
重すぎる現実を……受け止められない。
御守りを包んでいた布に目が行く。
明らかに不自然な赤黒い汚れ。
ソレを見て容易に想像できる、持ち主の死。
それでも……。
そのことを否定したい私がいるんだ。
「シード……は?」
という少年に言葉を投げかけて、縋(すが)る様に見つめる。
だけど、目を逸らされた。
そして決定的になるアイツの死。
どこか冷たくそれを受け入れる自分と、泣き叫びながら否定したい自分が居る。
「そっ…か。」
アイツは、このハイランドが好きだった。
だから国を護る為に戦って戦死したんだ……。
私を逃がして、クルガンと二人でこの国の防壁となって……。
きっと城の廊下かなんかで、同盟軍の名の知れた武将に討たれたんだ。
「アイツは死んだ。」
唯一還ってきた御守りを、両手で強く握る。
涙は零れない。
絶対に零さない。
ルルノイエ陥落を聞いたときから覚悟はしていたのだ。
アイツが生きていない事は……。
だからこそ、今私は目の前の少年に問いたい事がある。
「君はシードの最期を知っているの?」
「………はい。」
私の問い掛けに、少年は一瞬視線を泳がせた。
少し迷った末に肯定の言葉を選んだ。
静かに、しかしハッキリと答えた言葉は重かった。
私には重すぎて、抱えきれないかもしれない……。
「話を聞きたいんだけど……。ここじゃ不味いんでしょ?」
少年は沈黙してしまった。
沈黙は問答無用で肯定と取らせてもらう。
作業していた道具を一つ一つ所定の場所に戻す。
姉に向けての書置きを短く書く。
そしてイスから立った。
その間少年は、どこか遠くを見ながら立っていた。
「じゃあ、行こうか。」
無言で付いてくる彼を、今では人が集まらない所へ誘う。
そう、最近では人の姿を見なくなってしまったあの場所へ……。
昔は盛んに人が行き来していたあの場所へ……。
next
あとがき+++
ようやく君(笑)とさんの対面です。
あと何話になるのか、今から楽しみです。
最高記録更新となるか?!(2004.6/21現在テニプリ桃城夢『未来』の7話が最高記録)
何となく、軽く記録を塗り変えそうなヤな予感……。
ここでちょっとシードさんについて語ります。
私的に彼は『完全な悪役になりきれないお兄さん』です。
ルカさんも同様なのですが……。
こういうキャラがどうしても嫌いになれなくて、好きなんですよね。
アニメのハガレンのグリードとか
ナルトのザブザとか(漢字、忘れた(汗))
ガンダムSEEDのイザークとか(彼は大して悪じゃなかったりして……(笑))
そんな彼らが大好きです。
ま、一番には敵いませんけどね!
by碧種
04.06.26