『俺たちは俺たちの守るものの為に戦ってるんだ!!』


例え、時代の流れに逆らっていると言われても


『ハイランドは必ず崩壊する。そうだと知っても……。』


彼らは諦めなかった
その姿を私は見ていた


『ハイランドが好きだから護る。それのどこがいけないんだ?』


そう、彼らは……
皇都ルルノイエ陥落の直前でさえそう言っていたのだ……










Silver Link −護られたモノ−










今でも聞こえる。
彼らの声がハッキリと。


『安心しろ。この町は俺たちが護る。』
『大丈夫だよ。楽勝に決まってんじゃねーか。』


その活躍によって一躍有名人になった彼らの声が。

知将クルガンと猛将シード。

彼らは友人だった。
シードはもともと志願兵の出身なので、昔はよく町に来ていた。

その頃はまだ戦争も激化していなかった。
その事もあってか、志願兵も普通に町で暮らしていた。
戦闘もほとんどなかったと思う。
よく私と姉が経営していた店を覗いてくれた。


『よ!。』


いつもそう声を掛けて中に入ってくる。
それが日常の風景だった。




でもそれは長く続くものではなかった。




都市同盟との戦争は激化し、志願兵たちが出兵する姿をよく見るようになった。
月に1回か、多い月では3回も軍の綺麗な青い旗が風に靡(なび)くのを見た。

帰ってくる時には土や血に汚れた鎧の兵士たちがいっぱいいた。
それでもその表情は晴れ晴れとしていた。

兜を外して街路を闊歩(かっぽ)する彼らの中でも赤髪が目を引いた。


『シード!!』


列の中にいるアイツに呼びかけると、笑顔とVサインが帰ってきた。
次の日にはまた町に下りてきたりした。


『よう、。』


その声を聞くたびに安心した事を覚えている。
怪我をしていたとしても、私の所に来てくれるだけで十分だった。

偶に友人たちを連れてくることもあった。
一番よく来たのはクルガンだった。


『失礼する。』


妙に畏(かしこ)まったその性格は、シードとは正反対のようにも思えた。
二人が一緒に並んでいるのはとても異色な組み合わせだった。
男の友情というのは不思議なもので、あれで意外と仲が良かったらしい。

そんな二人は足りない所を補い合って、上へと上っていった。


『聞けよ!俺たち明日から隊長なんだぜ!!』


元気よく店に来ては状況を報告して帰る。
そんな日々が続いた。





そう……。
こんな穏やかな日だってあった。
それが永遠に続けばいいと願った。
しかし……。
私の願いも空(むな)しく、戦渦(せんか)はルルノイエに迫った。





毎日街の人々が少なくなっていく。

狂皇子ルカの死によってジョウイが皇位についた。

彼もまた、シードによって私の店に来ていた少年だ。
顔を覚えてしまうほどよく来た。

その少年が、王になってしまった。

まだ幼さの残る顔立ちをしたあの少年に、この国の全てが任された。
一国という重みは、とてもじゃないけど一人で背負えるものではなかった。

きっとそうだった。

シードとクルガンは必死にジョウイを支えた。
その力を持ってしても、戦況は徐々に悪化していった。

そしてついに……。
あの時がきた。










町の半分以上の人が国外へ退避し、人影を見ることが少なくなった。
人影が少なくなった道に馬が駆けることもよくあるくらいだ。

その日も店の正面の道を馬が駆け下りてきた。
そして、私の店の前で止まった。


ーー!!!」
「シード?!」


聞き慣れた予想外の声がした。
怒気を孕(はら)んだ様な声が私の名前を呼んだ。
店の入り口を見ると、久しぶりに赤毛が覗いていた。


!」


ツカツカと私のほうまで歩いてきて、肩を掴んだ。

軍服のままで城から出てきたシードは、どこか疲れていた。
そして複雑な表情をしていた。

綺麗な紅い髪を乱れたままに。
白い軍服が乱れているのも気にせずに。
その動きは止まっていた。


「まだ居たのか?」


優しく問いかけるようでいて、非難する意味も込めていそうな言葉だった。


「悪い?」


すかさず反論すれば、視線で訴えられる。
しばらくは沈黙のままその場に立っていた。

沈黙を破ったのはシードだった。


「逃げろって言わなかったか?」
「その台詞(せりふ)を聞いたのは一ヶ月前ね。」
「だったらっ!!」



逃げろよ。



そう言おうとしたアイツの言葉を黙殺する。
肩に掛かっていた手を外して、真っ直ぐと見上げる。


「心配してくれるのは嬉しいよ。でもね、私も最後までハイランドに居たい。」


肩に乗っかっていた両手を私の両手で包む。
手袋をしているので直には何も伝わってこない。
それでもいいから、何かが欲しかった。
アイツが今ここに居るという証が……。


「ダメだ。それは死ぬって事になるかもしれない。」
「イヤ!!」
!!!」


先の言葉の諭すような声から一変して、厳しい声になった。

ビクッと肩を震わせてシードを見上げる。
握っていた手の内の片方が逃げて、その手は私の頭を撫でていた。
シードの表情は、直前に聞いた声とは正反対だった。
とても優しい顔をしていた。

そして、もう一度。
今度は優しく呼びかける。


。最後まで残るのは俺たちの仕事だ。お前らの仕事は、国が倒れようとも生き抜くことだ。」
「それじゃぁ……。」


その先に続く言葉は、優しい口付けで掻き消された。
呆然と見上げていると、シードが悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべる。


「ハイランドが好きだから護る。それのどこがいけないんだ?」


私は何も言えなかった。
反論も出来なかった。
同意する事も出来なかった。

今度は一転して真剣な顔になったシード。

そして勝手に話を進める。


「俺たちはこの国を護る。ハイランドっていう国を、な。だけど、国民が死ねば俺たちの苦労は水の泡だ。だから一時的にこの地を離れることになっても、必ず生き残るんだ。」


ここまで言われてしまっては言い返すことが出来なかった。
嫌だと言って彼の意思を無駄にする事も。
シードたちにも生き残って欲しいと言って彼らの誇りを捨てさせる事も。
離れたくないと言って彼の思いを揺さぶる事も。

何一つ私は出来なかった。

私はすぐに必要最低限の荷物をまとめ始めた。
思い出の品も少ししか持ち出す事は出来なかった。

いそいそと荷物をまとめていると、突然後から抱きしめられた。


「シード?」


私の問い掛けに答える様子はない。

しばらくするとシードが口を開いた。
片手に私が作った、私とアイツが持っているシンプルなシルバーの指輪を持って。


「これさ……。今のうちに返しとく。」
「……っ何で?」


聞かなくても理由くらい分かっていた。
彼はもう帰ってこないんだ。
生きて帰ってくる気がないんだ……。
もう会う機会さえないと思い込んでいるんだ。

私の問いにアイツは答えずに、無言で指輪を私の両手に握らせる。
もう一度強く抱きしめられる。

シードが離れようとしているのが分かった。


「待って!!」


片腕を持って必死に引き止める。
シードは驚いていた。

今これを受け取ってしまったら、絶対に何も残らなくなってしまう気がした。
この指輪くらいは残るはずなのに……。
なぜか全てが消え去ってしまうような気がしたんだ。
一年前にした約束も、今まで一緒に過ごしてきた数年間も……。


「今はこれは貰いたくない。」
「何で……。」
「どうしてもよ。」


一見我侭のようだ。
だけど私としては必死の訴え。

私の手にある指輪をシードの手に返す。
そして握らせる。


「私にこれを返すなら、生きて帰ってきて。それで約束を守る気がなくなったときに返して。それ以外は許さない。」


アイツの顔を真っ直ぐ見上げる。
シードは困ったような顔をして見下ろしている。

無言の睨み合いはそう長く続かなかった。
結局折れたのはシードのほうだった。


「分かった。その代わりルルノイエに帰ってくるのは、国が落ち着いてからにしてくれ。」
「うん。」


もう言う事はなかった。
あとは私が外に出るだけだった。

城門までシードが馬に荷物を載せてついてきてくれた。
私の馬も居たがその足をつぶさないように、という配慮だった。
そんな距離もないというのに、シードらしくない気の使い方だ。

城門まで来て立ち止まる。
私の真横についている黒い馬は、まだ荷を積んでいない。
今荷を積んでいるのはシードの白い馬だ。
無言のままに2人で荷物を移す。
その作業もすぐに終わってしまった。


「それじゃあ……。」
「ああ。」


国から出ようとする人々が数人、私たちの横を通る。
ある人は馬車に乗って、ある人は驢馬(ろば)を引いて。

私はまだ街に残りたいという気持ちが振り切れない。
それでも約束したのだから出なくてはならない。
想いを振り切らなくてはならない。


「絶対に戻ってくるから。」
「ああ。」
「ルルノイエを捨てたりなんかしないから。」
「ああ。」
「忘れないから。」
「分かってる。」


シードはいつも以上に優しく微笑んでいる。
私の言葉に答える声も柔らかい。
そうしながら、子ども扱いするように私の頭を撫でる。


「分かってる。」


念を押すように言った。
そしてそれ以上何も言わなかった。


生きて、とは言えない。


だから私は一言だけ言う。


「またね。」
「ああ、またな。」


私たちが最後に交わした言葉はこれだけだった。
それで十分だった。

私は最初、ゆっくりと馬を引いた。
でも……。

振り返ったらきっと彼が居て、そしたら私はそこに帰ってしまう。

そう思ったから、馬に乗った。
出来るだけ早く駆けて、後ろを振り返らないようにした。
城門前の人影なんてほとんど見えないだろう所まで行った。
そこで振り返ると、シードの赤い髪と白馬が見えたような気がした。


「シード……。」


それでも私は駆けた。
駆けて……駆けて、駆けて駆けて……。
ルルノイエから戦渦が引くまで過ごしたサジャにたどり着いた……。










半月後。
皇都ルルノイエは落ちた……。










next





あとがき+++

一応一話目です。
連載です。
長いです。
オチ決まってません(汗)

これだけでも十分夢見てますが、更に夢見ていただきます(笑)
どう考えても辛い夢ですが……。


by碧種

04.05.04