知らないフリ
憶えていないフリ

全ては自分自身を護る為



貴方の所為でも
貴方の為でも


どちらでもなかったんだよ










Beautiful dreamer    7










ふと気が付くと、私は外に居た。

何故自分がここに居るのか。
どうやってここまで来たのか。
何のためにここに至ったのか。

周りには誰も居なくて、自分がどこに居るのかさえ分からない。


「ど、して?」


無意識に零れた言葉は誰に汲まれるでもなく風に消される。

見上げると、燃えていた空が夜に飲み込まれ始めていた。
街からどれほど離れているのか分からないここは、灯りもなく、星と月だけが明るい。

寒さに身を震わせると、一際強い風が背中側から吹いた。
その風が季節に似合わず暖かかったので、不思議に思って振り返ろうとした。





「"どうして?"  それは僕の台詞だ。」





振り返ろうとした先から夢の声が聞こえた。
躊躇いながらも振り返ると、二人の人が立っていた。

一人はゆったりとしたローブを纏った、全く見覚えのない人。


そして一人は……。


闇を切り取ったような漆黒の瞳と髪。
貴族の庭園で咲き誇っている薔薇のような紅い装束。

思い出せなかった夢。
あの懐かしさと淋しさを残す夢の声、姿そのままの人がそこに立っている。

夢を覚えていないのに、彼だと。
彼以外には有り得ない、と。
今そこに立っている、彼こそ夢の中で私の心を揺り動かす人だと確信していた。


「どうして君はここに来てしまうんだい?……。」


困惑を露わにした声で、それでも優しく彼は呟いた。
それはまるで独り言のような、聞き取られることを望んでいないかのような呟きだった。





っ!!』





不意に、現実の声と目の前の彼の声が重なる。

私の名前を呼ぶ抑揚が。
そこに込められた感情が。
私の心を動かし始める。


「君がここに来なければ……。君がここに来ている事を知らなければ、僕は時の流れと共に忘れる事ができただろうに……。」


現実の人であり夢の住人であった彼は、眉を顰(ひそ)め視線を逸らした。
その苦しげな表情から逃げるように、私は俯(うつむ)いた。





『夢、だから。』





どんなに目を逸らしても、夢と現実の声が追いかけてくる。





私に嘘を囁く声、私の名前を呼ぶ声。
優しく切なく甘く、足りない部分を補っていくような声。





"彼"に関する情報が頭の中を駆け巡る。
その情報は私には処理しきれない速さで、次々と、止まることなく流れる。

毀れてしまった記憶の堤防は、誰が留められただろうか。
音声と映像と感情とがバラバラのまま迫ってくる。





困ったような笑顔。
幼さの残った顔に似合わない大人びた表情。
優しく見守るようでいて、何かを諦めている、あの複雑な表情。





"彼"は微笑む。
そして、彼は泣きそうな顔で微笑む。


「何で君は、僅(わず)かに希望を残すような事をするのかな?」


軽い眩暈(めまい)で足元がぐらつく。

傾(かし)いだ身体。
駆け寄り伸ばされる腕。
私を心配する瞳。

コマ送りの様に進んでいく光景。
目を閉じ、頭に浮かぶ名前と鳴り響く警鐘。


思い出しちゃいけない。
思い出したら絶対にダメだ。
思い出せば全て終わってしまう。


頬を伝う冷たい感触。
目を開いて、目の前にある"彼"の顔を見た。
自然と紡ぎ出されたのは"彼"の名前。





……。」





何度目だろう。
"彼"の名前を音にしたのは。
憶えているのは"彼"の名前を呼んで、後悔した事は一度もないことだけだ。










あの時

初めて名前を知ったあの時でさえ
私は全く後悔していなかった

"今"ならそう断言できるんだ










next





あとがき+++

あれよあれよと7ページ目。
次か、その次か、そのまた次くらいには終わりにしたいです(あくまで希望)

どうやら無視されているルック君。
完全に二人の世界ですね。

本当は意地悪ルック大活躍だったんですが……(笑)

まぁ、イメージdownはダメかな、とね。(忘れただけだろ、とは言わないで(苦笑))


by碧種


06.08.19