アレは誰だったのかな?


とても淋しそうな瞳で
俯きながらも

私の為に嘘を囁いたのは……










Beautiful dreamer    5










「………だ、れ?」


哀しいほどに懐かしい夢に目を醒ます。
見上げるのは二度目のはずの天井がまた違うように見えた。


否、確かに違うのだ。


異変を感じて瞬きをすると、目尻から耳に向かって冷たい感触が真っ直ぐに流れる。
指で拭うと、それは涙だった。


「誰?」


目を開ける直前に自分が呟いた言葉を繰り返す。
するとまた、涙がひとりでに流れた。
訳も分からずに誰かが掛けてくれた毛布で目を覆う。


「……だれ?」


二度目に意識的に呟いたとき、人の気配を感じた。
ゆっくりと歩いて接近してくるその足音に全神経を集中してドアを見詰める。
ドアを軽くノックする音がして、背の高い男の人が入ってきた。


「あ、起きられたんですね。」


警戒心のみで見詰めていると、その人はふんわりと優しく微笑み掛けてくれた。


柔らかな金色の髪と優しい青の瞳のその人は、私の記憶にはない存在だった。


体格の良さに似合わないエプロンを着けている様子を見ると、料理か何かをしていたらしい。
開かれたドアからはとても美味しそうな匂いが漂ってきている。

その生活感に一瞬ほっとしたものの、知らない人しか居ないというこの状況。
とりあえず失礼にならないように尋ねてみる。


「貴方は……。」
「貴方の働いていた店の近くに家を借りている者です。あの店からはこの家が近かったので、顔色が良くなるまでお預かりしたんです。」
「名前は……。」
「グレミオといいます。」
「そう……ですか。」


僅かな疑問を抱きながらも、それの実体を見つけられずに納得させられてしまう。
柔らかに微笑むその表情は何もかもを誤魔化してしまえそうだった。

何かを思いついたらしく、ポンと手を叩いた。


「お腹がすいたでしょう。シチューくらいしかありませんが、食べていかれますか?」
「え、そんな……。悪いですよ。」
「気にしなくて良いですよ。人助けが趣味みたいな人が貴女を拾ってきたんですから、構わせてください。」


余りにニコニコしているからその違和感への反応が遅れた。

違和感というか、既視感。

倒れる直前に感じたものよりは遥かに弱い感覚だったけれど、確かに感じた。
目の前にいるグレミオさんの台詞に、だ。
誰かにも同じ事を言われたことがある気がする。


「今持ってきますから、待っていてくださいね。」
「あっ、ありがとうございます。」


あからさまに変な顔をしていたであろう私を見ても、顔色一つ変えずにグレミオさんは出て行ってしまった。

気付いていなかったはずはない……と思う。
ないはずなのに、最初の微笑のまま出て行った。

ちょっとした疑問と違和感と一緒に置いていかれ、頭を抱える。





そうしてまた
深い眠りに掴まってしまった……










月明かりの下明かした真実は、時間の経過と共に後悔へと導く。
その後悔に耐え切れず、彼女に提案したのは僕の方だった。


「分かっているんです。どちらにしろ、結果的に彼女を苦しめた事に変わりはないと。」
様……。」
「そして、一介の兵であった貴方にまで迷惑を掛けてしまった。」
「そのような事を仰らないで下さい。」


目の前にある温かいマグカップを両手で握って言葉を交わす。
約2年ぶりに面会した彼は、始めに役目を与えた時と変わらない真剣な眼差しを持っていた。



礼儀正しく、武道に優れた青年。
戦いの中で肉親を失う苦しみを知っていれば尚良し。

そういった条件を出して仲間たちにの兄役に適切な人を選んでもらった。
最終的な判断は僕がしたが、人選は間違っていなかったと自信を持って言える。

は誠実で明るく、正に彼女の兄として不足ない人物だ。





暫く沈黙が続いた。
ちらりと僕を盗み見たと目が合う。
そして彼は何か言いたげに口をあけ、一度躊躇(ためら)い、それから控えめに話し始めた。


「あの子は……。は記憶を消されたままで、本当に幸せなんでしょうか?」
「え?」
「出過ぎた事だと分かってはいますが……、しかし本当にが憶えているとしたら、苦しんではいないのでしょうか?」


予想外の発言に驚いた。
驚いたと同時に気付かされた。



彼女が……。
が思い出していたとしたらどうなる?
否、どうする?

果たして彼女は僕との再会を望んでくれるだろうか?


「記憶は勝手に甦ったり、予想外の状況で呼び覚まされたりしてしまうものですから、もう既に何かしらの記憶の糸口を見つけ出して一人悩んでいるのかもしれません。」
「そうだとして、僕に何が出来るでしょうか?」
「会ってみてはどうでしょうか?」


会いに行けない距離ではない。
むしろ彼女は僕の家に居る訳だから、今すぐにでも会いに行ける。
しかし、僕が会うべきか否かはわかりきっている話だ。


「けれどこれは、が望んだ結果でもあるんです。」










そう

あの日確かに



彼女は"忘れたい"と言ったのだから……










next





あとがき+++

物凄くページ数食ってるなぁ、とか。
これはダラダラ長くなるパターンだなぁ、とか。

分かってますよ、いつもの事だってね(笑)

計画性ナッシングはまずいですよね(苦笑)
でも方向性は決まったので、DEEP脱出です。
おめでとう、(笑)


by碧種


06.05.04