涙が出るほど懐かしいのに
涙が出るほど愛しいのに
全て忘れてしまうなんて……
Beautiful dreamer 3
懐かしい感覚を引きずったまま目が醒める。
懐かしくて、嬉しくて、哀しくて……。
徐々に覚醒していく意識の中で、違和感に気付く。
身体が重いとかそういう単純なものだけではない。
「ここは……どこ?」
目を開けて見えた天井はいつもと違う。
全く知らない、全く違った雰囲気の天井だった。
重くて身体が動かない。
その上ここが何処だか分からない。
不安に駆られて辺りを見回しても、知っているものは何も無い。
更に人の気配さえしない。
人が生活しているであろう空気はある。
ただ、今ここに人が存在している気配が無い。
ここが何階かは分からないが、上からも下からも足音や衣擦れの音が聞こえない。
あぁ、そうか。
仕事中に倒れたんだ……。
辛うじて思い出したそんな情報も、今いる場所には繋がらなかった。
もう一度今日の記憶を辿って新しい情報を見つける。
『っ!!』
途切れかけた意識の中で捉えた声だ。
けれどその声に覚えは無い。
もっと鮮明に思い出そうと思って目を閉じる。
『っ!!』
兄じゃない男の子の声。
知らない人の声……。
そこまで考えて、分からないことを考えても無駄だと気付く。
諦めにも似た感情で、意識ごと思考を投げ捨てた。
すると驚くほど簡単に、再び心地よい眠りに誘われた。
『夢、だよ。』
同じ声が聞こえた……ような気がした。
一度だけ下見に来た家のドアをノックする。
大して間を空けないで、どこにでもいそうな、だけど少し整った顔をした男が出た。
「どちらさん?」
「僕です。」
「っ!!様?!」
驚きに目を見開いた表情は、彼を実際の年齢よりも遥かに幼く見せた。
僕が微笑んで見せると、彼は辺りを見て人が居ない事を確認してから僕を招き入れた。
「突然どうなさったのですか?様子を見に来るのはもう少し先の予定だったと思いますが……。」
「事情が少しだけ変わってしまいまして、ね。」
「……やはり、の様子がおかしいのはその所為ですか?」
入ってすぐにあった二人用のテーブルとイス。
勧められて奥の方の席に座ると、お茶を出された。
人好きのする柔らかな笑顔で彼は笑った。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
出されたお茶を飲み始めていると、彼は正面に座った。
彼には似合わないマジメな顔をして僕に向き合っている。
「は……、思い出してしまったんですか?」
深刻そうに切り出された問題。
それは"そうではない"とも"そうだ"とも答えられない、複雑な問題だった。
厳密に言うと、彼女は"思い出した"わけではない。
"思い出した"のではなく、……。
「"思い出した"かと言ったら、否です。しかし、彼女は"憶えていた"んです。」
「"憶えていた"?どういうことですか?」
「僕はある人の協力で彼女の"記憶"を消してもらいました。しかしそれは、表面的なことでしかなくて、結局は完全な解決策ではなかった。 彼女の"身体"は本能的に"憶えてる"。 僕が誰かとか、貴方が誰だとか、そういったことではなく、もっと感覚的な部分で鮮明に憶えているんです。 深く、深く。 忘れ去ることが出来ないほどに。」
だから彼女は今でも、呪に苦しみながら傷ついている。
彼女の意識の範疇を超えたトコロで捜している。
本当の自分を、本当の家族を、本当の記憶を、本当の気持ちを。
そして僕を。
闇の中を彷徨うように、星の光に希望をかけるように。
いつか夜明けが来ると信じて。
夢の中を彷徨い続ける。
「彼女はここ最近、夢遊病のように夜中に出歩くようですね。」
「……ご存知でしたか。」
「ま、いろいろの周りの情報は集まるようにしてますから。」
少し隠れるようにため息を吐いた。
そして表情を曇らせている、彼女とは似ても似つかない彼の顔を見る。
悪化していく状況を見守る事しか出来ないもどかしさ。
それから開放される為に、僕はここまで来た。
出逢った頃を想う。
何も知らなかった、あの頃の僕らに……。
next
あとがき+++
超高速でここまできました。
んで、ちょいと振り返ってみると。
あれ?
シードの『Silver Link』と似たような展開に?
いや、きっと気のせいですよ(笑)
by碧種
06.03.30