出会い3  増える謎















目の前に広がる0と1の配列。
ブラックバックの画面全体に広がるそれらは、すべての情報を0と1で表現する、コンピューターの生の声。
暗い部屋の中には、いくつもの画面が並び、その前には二人の人物が座っていた。


「………。これでよしっと。」
「OK。こっちも完了。」


ハッキングの為に、1から組み上げたデータに二人は満足の声を上げた。
お互いにパソコンの前で伸びをし、同じタイミングで立ち上がった二人は、視線があった瞬間にお互いに笑いあった。


「っぷ。」
「ちょっ、シンクロしすぎでしょ。」
「でもっ、ふふ。」
「次の行動も被るの分かってるから、ね。」


二人だけの仕事の時間。
殺伐とせずに進めていけるのは、何も無くても信じあえるだけの物を築き上げてきた二人の時間があったからだと分かっている。
だからこそ、お互いの背中を預けることに何の不安も無い。

起動し始めたデータが、一つの地図を描きあげていくその時間を、二人は各々にマグカップを持ち待っていた。



いずれ訪れるその時を待つお話。










衝撃的な再開を果たしてから数十分。
にナビゲーションされながら、蛮たちは武家屋敷の中を走り回っていた。

曰く、警備が手薄なのは家の中に大量な罠があるから進入者が生還することを想定されていない、だそうだ。


「美堂君そこの床、前に3m飛んで。」
「んな、無茶苦茶な!!」


のナビゲーションは、人並みの身体能力では従う事が出来ない。
実際、咄嗟の指示を受けてきっちり3m飛べる人間が、この世に何人も居たら褒めてさしあげよう。


「天野君、そこ右斜め後ろに飛んだ後、真上の梁に乗って。」
「無理だよぉ〜!!」


などと文句を言いながら蛮と銀次はそれなりに、彼女の指示をこなしていた。
そんな彼らの姿を見ていたは、心の中でクスリと笑った。


(流石と言うか何と言うか…。)


満足げに彼らの動きを見ながらも、彼女自身の足元を一歩一歩確かめるように、しかし、常人が走るスピードで進む。
蛮なんて片手がいかれているというのに、無茶振りを何とかやっていた。
しかし、彼らも人なので失敗というものも当然ある。


「美堂君は右に三歩、天野君は左に一歩半!」


珍しく簡単な指示に、気が抜けてしまったのかミスをした。
本来の指示とは異なる床板を踏んだ瞬間、カチッという音が二人の足元で鳴った。


「チッ。」
「うわっ!」


するとがいきなり叫んだ。


「二人とも!急いで後ろに飛んで!!」


の言う通りに後ろに飛んだ瞬間、大量の槍がどこからともなく降ってきた。
その本数、およそ100本。
床を埋め尽くすように刺さった槍の林を見た二人が、しばらく石と化したのは言うまでもない。


「お二人さん、さっさと行くよ。」


の声に二人は、元に戻った。

蛮と銀次は、もしの案内がなかったら、リアルタイムでの指示が受けられなかったら、と恐ろしい考えが脳裏を過ぎった。
遅かれ早かれ、蜂の巣になっていただろう。


「ばっ、蛮ちゃぁん。」


こんな家もう居たくないよぉ〜、と涙ながら銀次は訴えた。
しかしそんな銀次の声は、蛮には届いていなかった。

そう、蛮はの事を目で追っていたのだ。

は一度も地図らしきものや画面らしきものを見ずにナビゲーションしている姿に疑問を感じた。
彼女は、一番最初にノートパソコンらしきものの画面をざっと確認し、それ以降何一つ再確認を取っていない。
さらに言うなら、自分たちが避けた所とは違うところを避けたり、足元を見ずに走っていた。
時折、銀次野蛮に指示を出すほか、小声でと通話している様子はあるものの、数十分走るだけの地図をすべて記憶することが出来るわけがない。


「何か気になる事でもあるのかな?美堂君。」


じっと凝視していた相手に突然そう言われ、蛮はドキっとした。


「い、いや、何でもねぇよ。」


早口で言うと、またのナビに従ってのいる部屋へと進みだした。
『本当に味方なのか』という疑問も頭を過ぎるが、今までの指示通りに動き、何一つ問題が無いのだから信じるより他、彼らに選択肢は無かった。





の無茶苦茶なナビゲーションによって、ようやくちゃんのいる部屋の前に辿り着いた。
中からは人の声が聞こえる。

障子の隙間から覗くと、ボディガードと思われる筋骨隆々の男が三人を取り囲んでいる。
その他にいるのは、弁護士らしき男と親戚二人だった。


「うっわあ。なんか、菱木さんみたいなのが三人もいるよぉ。」
「でも、あのヤローみてぇなヤツはいないだろ。」


銀次は少し引いているが、蛮の言う通り不死身な奴がそうゴロゴロそこらに転がっているはずが無い。
おそらく勝負をすれば楽勝だろう。
相手を見て、覚悟を決めようとする二人を挑発するかのように、の言葉が飛んだ。


「さあ、お二人さん。奪還してきてくれますよね。」


ニコリと笑ったの言っている文字列は、疑問系のようだが間違いなく命令形だ。
覚悟を決めてGet Backersの二人は、どちらからともなく頷きあうと目の前の障子を勢いよく開けた。


「何者だ!お前ら!!」


いきなり入ってきた不審人物に、親戚らしい男が叫んだ。
間髪入れずに蛮が言った。


「『奪られたら奪り還せ』が信条の奪還屋 Get Backers だ!」


その場にいた人間たちは皆、訳が解らないといった感じで二人を見、ボディーガード達も一瞬動きが止まった。
しかし、銀次が言った言葉に全員がはっとした。


ちゃんを還してもらいに来たよ。」


親族達が慌てふためき、ボディガードと思われる三人組は銀次の言葉を最後まで聞く前に、襲い掛かってきた。
当のは、正座をしぬいぐるみを抱えたまま、身動き一つせず無言で二人を見つめている。
親族達は誰一人としてを連れ出そうとはせず、己が命が最優先とばかりに蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。


「うわっ。」


流石に幼い子供の前で、いつも通りの血生臭いことは出来ないし、蛮の腕はまだ治っていなかったのでボディガード達を庭におびき寄せた。
普通の殴り合いを続けていると、渡り廊下の前に立つの存在に気付いたボディガードの一人が彼女に襲い掛かっていった。
猪のように一直線にの方へかけていく大男を、見た蛮は思わず叫んだ。


「危ねえ!!」


しかし、ボディガードが殴ったのは地面だった。
一瞬にして姿を消したに、ボディガードはもちろん、蛮も驚いた。
目の前の敵に集中しなくてはいけないと思いながらも、の姿を蛮は探していた。


「これだから、男は嫌なんだ。」


の声が聞こえてきたのは、最初に出現したときと同じ梁(はり)の上で足を組んで座り、ボディガードの男を見下している。
もう夜になった周囲は暗く、猫のように光る青い目が浮かび上がって見えている。
回転しながら梁から降りると、ボディガードの攻撃を避けながら庭に出た。

その一連の動きに気をとられ、防戦一方になっていた蛮に銀次が呼びかける。


「蛮ちゃん!!」


さっさとこいつら倒してちゃんの所に行かないと、と銀次は言いたいらしい。
室内で戦っている銀次からはの姿は見えない上に、蛮のいる場所からも、ボディガードが邪魔ではっきりと様子が分からない。
二人は目の前のボディガードぶっ飛ばすと、銀次はを連れて外に出た。


「おいで、ちゃん。」


銀次が優しく声をかけ、右手を伸ばすとはコクリと頷き付いてきた。
その様子を確認した蛮は、急いでの逃げた先へと向かった。










のうしろ姿を暗闇に包まれた日本庭園の中に見えた。
月明かりの中でよく見えないがどうやら無事なようだ。


ちゃん!」


銀次が呼ぶとクルリと振り返った。
その瞬間、例のボディガードが後ろからに殴り掛かり、ボディガードの拳は、の体に当たったりはしなかったが、髪止めを掠めた。


「ちっ。」


忌々しげに舌打ちをすると、は避けた反動で出した蹴りをボディガードの顎にヒットさせた。
そのままの流れで、蛮たちに背中を向けた状態で立ち止まった。
すると、さっきボディガード拳がかすった髪止めが割れ、纏め上げられていた銀髪が風に乗って扇のように広がった。


「あっ……。」


蛮はの後ろ姿を見て、固まった。
銀次は一瞬にして地面に沈んだ巨漢を呆然と見つめていた。


「お二人さん。黙って見てないで助けたらどうなの?」


と、僅かに二人の方に顔を向けながら、どこからとも無く新しい髪留めを取り出し、髪をまとめ直していた。


「ああ!ごめん、ごめん。」


銀次はそう言うとすぐに、の手を放してボディガードと向き合った。
一方、蛮は未だにを見つめたまま動けなかった。

今、の姿を見て、何か大切なことを思い出しかけたような気がした。
しかし、それは完全に思い出す事は出来ず、霧の中を進むような気持ちのまま、現実に引き戻されてしまった。


「美堂君?どうかしたの?」
「あ、いや。」


なんでもねぇよ、と辛うじてに返答した蛮は、それでも何かが引っかかったままだった。
そして、蛮が復活したころには、最後のボディガードは銀次の足元に転がっていたため、彼の活躍の場面がまた一つ減ってしまった訳だった。










一時間後には四人で依頼人改め、の家に着いていた。
家につくまでの間、銀次とが代わる代わると手をつなぎ、眠たそうにするを蛮や銀次が負ぶったりしながら歩いてきた。
眠い目をこすりながらも必死で起きようとしていたは、の姿を見ると目を輝かせて駆け寄った。


お姉ちゃん?」
ちゃん!!」


嬉しそうに抱き合う二人を見て、 Get Backers の二人はほっとした。
そうこうしているうちに、いつの間にかいなくなっていたが二人の横に立っていた。


「約束の奪還料だ、受け取れ。」


渡された茶封筒から出てきたのは100万円の束が二つ…。
蛮と銀次は顔を見合わせ、その中から15万円だけとって残りは返した。


「全部受け取らなくていいのか?」


が聞くと銀次が答えた。


「だって、ちゃんにはいろいろ助けてもらったし…。」


銀次の言葉に蛮が続けた。


「そのって子のために、金がかかるだろ?」


そう言って、185万円をに返し、帰っていった。
背を向けたまま、それじゃーな、とひらひら手を振って去っていく姿を、は無言で見送った。
その様子を見て、を抱きしめたままのが言った。


「ねえ、ちゃん。あの二人……。」
「うん。私たちの通帳見たよね……。」


どこまでもお人よしのGetBackersの二人に、彼女達は思わず笑ってしまった。










あくる日、Get Backers の二人がH.T.に行くと、がいた。


「波児、何か仕事来てねぇーか?………!?」
「あっちゃんとちゃんだ!」
「やあ、お二人さん。」
「お元気ですか〜?」


すごく笑顔で言ったと、手を振っているが何も無かったかのように座っている。
その姿を見た瞬間、銀次は対女の子モードに入り二人に駆け寄り、蛮はあわてた。


「えっ?!おまっ…。」
「これからも、ちょくちょく来るからよろしく。」


口をパクパクさせる蛮に、は笑顔で言い放った。
こうしてH.T.の住人がまた二人増えたのであった。





後日……。
報酬で貰った15万円はレッカー代と、波児への借金返済で全て消えたらしい。
合掌。











                    「これって……」




*+*+*+あとがき+*+*+*
今回はかなり短めです。
これを次に繋げるとかなり長くなりそうだったので…。
ちゃん、言ってること無茶苦茶ですね(^-^;)
たぶん次で"出会い"は終わりになるハズです。
出会いの次は、浅乃の書くモノになります。
次も是非読んで下さい。
感想お待ちしていますv

BY碧種

03.04.18


+++++あとがき
はい、やっと出会い編終了です。
次は浅乃の文のはずでしたが、ちょっと問題があったのでまた私が書くことに…。
気付くの遅いよ浅乃……。
では、次回もお楽しみに☆
BY碧種


03.04.20


追記+++

もともと無駄に2話にパート分けしていたものを、1つにしてしまいました(笑)
なので、あとがきが二つと言うよく分からない展開に……。

この、出会い編は実はメインのお話です。
とか寄りの人間関係メインじゃないの?」という疑問はご尤もですが、なんと言おうと、がメインです!(汗)

ゴールデンウィークの更新はここまでですが、続きの接触編も楽しみにしていただけますと幸いです。



BY碧種


13.05.06