出会い2   最悪な再会















夕焼け色に染まり始めた町並みを、タワーマンションの一室から見下ろす。

現在時刻は17:24。

新宿の町並みはいつもと変わらず、雑然と、平然と、そこにある。
まるで普遍のものであるかのように立ち並ぶビル群は、色が変わりつつある町並みを見下ろしている。
その足元には無数の人。

家路を急ぐ人。
会社に戻る人。
学校帰りの人。
デートする人。
これから仕事の人。

あらゆる『普通』の人たちが、永遠に続くかのような日常を過ごしている風景に、憧れにも似た感情を持ったのはいつの頃だっただろう。
この生活が『普通』ではないことは百も承知だけれど、時折、ありもしない日常を夢想することがある。

たとえば、以前の生活はどんなものだったのか。
たとえば、以前の生活が続いていたらどうなったのか。

そんな空想を知ってか、相棒が静かに話しかけてきた。


「準備は?」
「ぼちぼち、かな。」


それぞれに異なるツールを駆使し、来るべき時に備える。
そもそも、来るべき時がいつ来るのかも分かってはいないのだけれど。


バサッ。


相棒が席を立ち、仕事服に袖を通す音がした。
振り返るといつも通りの格好で部屋を出ようとする姿がそこにあった。

その様子を待機組みとして見送るのは何度目になっただろう。


「じゃ、あとで。」
「ん。よろしく!」


相棒が玄関ドアを閉める音がして、部屋に静寂がやってくる。


誰も踏み入れることのできない、二人だけのお話。










夏の日は長く、もう夕方から夜に変わる直前になっても、セミの声や暑い空気を感じる。
早いもので、もう作戦当日の18:35。
あと、30分もすれば、夏の空も夕闇に包まれ始め、作戦決行の時間がやってくる。

早すぎるこの時間に、GetBackersの二人は既にの居る家の近くに到着していた。


「蛮ちゃぁん。ちょっと早すぎたんじゃ…。」
「いいんだよ。それで。」


蛮の言葉がどういう意味か分からなくて、銀次は表情を伺った。
蛮はポケットの中からヘヴンに渡された携帯を出して、メモリーに入っている『探し屋』とやらに電話をしてみた。


プップップップ……


お馴染みの呼び出し音が鳴る前の電子音が続く。
それが途切れると無常にも、電子音のアナウンスが流れた。


『只今、電波の届かない所に居るか、電源を切っている……ブチッ』


聞きなれたアナウンスを途中で切り、蛮はニヤリと笑った。


「おもしれぇ…。約束の19時からしか応える気はないって事だな。」
「ん?どういうこと?」


潜入時間まで時間がある状況で、敢てコンタクトを取ろうとしたのは、相手の出方を図るためだった。
昨日渡された紙切れの地図から情報を得ようと思えばいくらでも手段はあったが、『探し屋』とやらに興味引かれた蛮は調べようとはしなかった。
つまるところ、二人は侵入方法も『探し屋』に聞かないといけない状態だった。

もてあました時間を、蛮と銀次は、周辺を散策して過ごした。

閑静な住宅街ともいえるこの地区は、都内では珍しい古いお屋敷が一軒建っていた。
本格的な門構えを持っているその家は、かつて多くの家族が集まって暮らしていたのか、母屋と二つの離れで構成されていた。
手元にある情報によると、ここが目的地となっている。

近づき過ぎないように、他の家々に用事がある風を装って遠目から観察する。
正面の入り口には、ガタイのいい黒服の人間が数人張り付いており、突破して潜入するころには大騒ぎになってしまうだろう。
そこ以外に入り口らしい入り口はなく、延々と塀に囲まれている構造だった。

『探し屋』頼みになることを覚悟し始めたころ、携帯のデジタル時計が19:00を示し、最初のメールが届いた。


Pipipipipipi


「なんだぁ?メールか。」


すかさず蛮がメールを開封し、その画面を銀次も覗き込んだ。





      はあ〜い☆奪還屋諸君。
      とりあえず、探し屋とし
      て入り口になりそうな所
      を探しといたよ(^O^)/写
      真が添付されているから
      その写真に写っている場
      所から入るんだ。そこは
      警備が手薄みたいだから
      、苦労せずに入れると思
      うよ(*^-^*)まあ、頑張
      って奪還してくれ。んじ
      ゃあ、またあとで。

      by探し屋vvv





「すっげーふざけたメール。」


蛮の感想はこの一言だった。

タメ口だし顔文字使ってるし、普通、同業とはいえ依頼者に対して“☆”とか“vvv”とかはないだろう。
まるで女子高生が友達に送るようなメールの文面を見た蛮は、こんな奴に興味を持った事実を取り消したい気持ちになった。


「探し屋さんって、すっごく親しみやすい人みたいだね。」


的外れな銀次の感想に、蛮はため息を吐いた。

しかし仕事は仕事。

個人的な感情だけで、今回の依頼を不意にするのはもったいない。
その思いから、気を取り直して送られてきた画像を見た。

画像のタイトルは、『18-59』

昨日撮ったものだと思いたいが、昨日の天気は晴天で、夜中まで雲ひとつない晴れだった。
一方、写真には雲に少し隠れた月が写っており、その傾きや、欠け具合は今日の月とほとんど同じだった。


「月が塀の右端に写ってるから、向こうの方か!」


今居る場所から、少し走った場所にその入り口はあった。

他のところより少し塀が低く入り易そうな所だが、人は居なかった。
こんなに侵入し易そうな所なのに、警備が手薄なんてかえって不気味な場所だった。


「蛮ちゃん、なんか変だよ。他のところから入らない?」
「だけどよ、ここから入れって言ってんだから、素直に入ったほうが利口なんじゃねーの。」


何も情報がない中、ヘヴンから紹介された情報屋だけが頼りの依頼だ。
いくら変だと思っても他の場所がどうなっているか分からない今、この情報を信じて侵入する以外手はなさそうだ。

蛮と銀次は、外から中の様子を見渡して、人が居ないか確認してから中に入った。

進入したところには、日本庭園風の庭が広がっている。
目の前に見える離れの建物には、人の気配もなくひっそりと静まりかえっていた。
蛮と銀次が侵入した塀の近くには椿の木や楓など、和風の建物によく似合う植物が計算しつくされた配置で植えられていた。


「うっわあ、すごい広い庭だね。」
「銀次、浮かれてる場合か!静かにしろ!」


そんな会話をしていると、蛮の胸ポケットでバイブレーションモードにしていた携帯が鳴った。
探し屋から新たなメールが入ったようだ。

再び蛮がメールを見た。




      侵入できたみたいだね、
      奪還屋諸君☆その庭から
      ちゃんが居る所まで
      の地図の一部を送らせて
      もらうよ。それを参考に
      してちゃんを奪還し
      てくれ\(^O^)/まあせ
      いぜい頑張ってくれよ。

      From探し屋




文面からは、まるでこっちの行動をすべて見ていたかのような雰囲気が出ていた。
思わず辺りを見回すが、どこからも人の気配はしなかった。

さっき、確かに人の気配がないことを確認した。
携帯電話に盗聴器が仕掛けられていないかもちゃんと見た。
それでも何処かで見ているのだ、この探し屋というやつらは。


「チッ。めんどくせーな。行くぞ、銀次。」
「うん?」


蛮は小さく舌打ちすると、添付された地図を開き家の中へと入っていった。

少しずつ、でも確実に、探し屋の情報に誘導されている。
どうしてもそう思わずには居られない。

送られてきた地図を頼りに少し歩き回った。
建物の中には全く人気がなく、蛮と銀次が板の間を踏みしめる音だけが小さく響いている。
代わり映えしない景色の中を歩いているうちに、突然蛮が立ち止まり携帯で電話を掛けだした。


「どうしたの?蛮ちゃん。」
「しっ!静かにしてろっ。」


銀次を黙らせると、蛮は電話に集中し始めた。

今度は呼び出し音がちゃんと鳴り、しばらくすると、向こう側から女の声がした。


『はーい。人の居場所から、企業の秘密情報、家の地図やネズミの住処まで何でも探します!探し屋UN(アンリミテットノウブル)で〜す。』


メールの文面どおり、どこかふざけた雰囲気の名乗りを聞き、蛮は苛立ちを隠せなかった。
しかし、その声は何処かで聞いたことがある様な、ない様な声で……。
瞬時に記憶をたどった結果、蛮は想定外の結論に至った。


「って、その声は昨日の依頼人の黒髪のほう!!」
「えっ?どういうこと、蛮ちゃん?」


そう、その声は昨日この仕事の依頼人、 のものだった。
驚きの声を上げる蛮とは対照的に、は大して焦る様子もなく言った。


『あっ、ばれちゃった。どうする?ちゃん。』


仕事上のパートナーでもあり、生活を共にするも当たり前のように協力者だった。
に呼びかけたので、電話の向こうから声が聞こえるだろうとその反応を待った蛮と銀次。

でも、その予想は外れた。


「どうするも何も、仕事を続けるべきだろう?。」


GetBackersの二人の予想に反して、の声が聞こえてきたのは、銀次たちのほぼ真上からだった。
声のした方を振り返ると、は天井の梁(はり)に座って二人を見下ろしていた。
天井の暗闇の中で、纏め上げられた銀髪と青い瞳がわずかな光を反射し、そこにがいることを主張している。


「こんばんは、お二人さん。どうしたんだ?そんなに驚いて。」
「なんで、そんなところに…。」
「わーい!ちゃんだ!」


かみ合わない二人乗りアクションを相手にせず、は平然と梁から降りて二人の前に立った。
軽やかなその動作は、猫が塀から飛び降りる動作を連想させる。


「探し屋の仕事としてね、案内もしてやろうかと思ってね。」


上品に笑ってそう言ったは、昨日と同じ無彩色の服を着ていた。
昨日と違うのは、上はタートルネックのノースリーブに下はスキニーのようなピッタリとしたパンツを着ているため、体のラインがハッキリと見えているところだ。
そして、耳にはハンズフリーのイヤホンとマイクをつけ、ハンディサイズのノートパソコンのようなものを持っている。
滑らかにキーを叩くその指先を際立たせるかのように、指だけが出る黒のグローブをはめている。


「案内なんて、電話か何かでやってくれりゃー別に…。」


大丈夫だと言いかけて、の不敵な笑みに気付き蛮は止まった。


の実家はいろいろと面白い仕掛けがあるから、私がいないと大変だと思うけど。」
「なっ?!!」


最凶最悪の家。
すべての侵入者を拒んできた、この武家屋敷に隠された、ありとあらゆる罠、罠、罠。
その罠を、彼女たちがどのようにして調べ尽くしたかは分からない。
が、そのためにそれ相応の違法行為をしまくったことは確かだ。


「よろしくね。天野君、美堂君。」


は、まるで何事も無かったかのように涼やかに微笑み、右手を蛮と銀次に差し出した。
この可愛い顔、この年齢で裏の世界の仕事をしているなんて、誰が想像しただろうか…。

諦めにも似た感情で、蛮はに問いかける。


「協力者なんだな?」
「もちろん。」


自分の依頼したことなんだから協力するにきまってるでしょ、と言うの言葉に流石の蛮も悩んだ。
しかし、片手が使えない今少しでも安全に行けるのなら、それに越した事はなかった。


「……仕方ねーな。」


頭をガシガシと掻きながら蛮は右手を差し出した。
友好の印にそれぞれ握手を交わすと、


「行くぞ銀次。。」
「よろしくね、ちゃん。」


可愛い子が加わったので銀次は嬉しそうに言った。
その先に待ち構えている、変幻自在な罠の数々のことは、もはや銀次の頭の中には無かったのである。









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+++あとがき+++
やっと1-2完成!!
この連載本っ当に長くなります。
書いてる私が言うのはなんですが読むのが嫌になっちゃうくらい(笑)
でも、ここからが本番です。ぜひ是非読んでくださいね。
BY碧種


03.04.14


追記+++

再度、行間モリモリでお届けいたしました。
浅乃との約束どおり、物語完結に向けて、伏線張りつつ、情景の表現をモリモリにしました。

次がパート1最終話。
盛り上げていきますよ〜。


BY碧種


13.05.05