たとえば俺が一年早く生まれていたら
たとえば貴女が一年遅く生まれていたら



貴女は俺を……










たとえばの話










今日は貴女がここに来る日。
俺よりも一足早く高校へ行ってしまった貴女が……。


「ゆーうーたっ!」
「うわ!!」


軽めのメニューを一通り終えて休んでいると、後から重いものが乗っかってきた。
その姿を確認しなくても、こんな行動をする人間は一人しかいない。
そうじゃなくても、俺は声で分かるけど……。

「なにするんすか、先輩!」


美人で明るくて優しくて、俺たち全員の支えだった。
観月さんと一緒にマネージャーをやってくれていた。

そう、貴女は……。

俺たちの憧れの的でした。
部の全員が何かしらの形で、貴女に好意を持っていました。

時には友情、信頼。
団結の中心と拠り所。
そして最後に愛情を。

俺も貴女に恋慕(れんぼ)を抱いた一人だったりするんですけど……。
貴女は気付いていましたか?

その細い腕から抜け出そうとすると、更に強く抱き締められた。


「部活、頑張ってる?」
「頑張ってますよ。」


まるでキョウダイだ、と赤澤(元)部長から言われたのはいつだっただろうか。
確かに、俺と先輩はとても仲が良かった。

でもそれは、俺が望んでいる形ではなかった。

俺が望んでいたのは唯一つ。
キョウダイとかではなく、特別な一人として……。
男として見てほしかったんだ……。

そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、残酷にも先輩は俺を弟のように扱う。
こんな風に後から抱きついたり、親しく話しかけてくれたり……。
嬉しいやら悲しいやら、だ。


「はあ……。」


思わずため息も出てしまう。
背中の重みを愛しくも恨めしくも思いながら……。

俺がため息を吐いたのが気に触ったのか、背後からの視線が痛くなった。


「どうかしたの?」


心配しているような声が上から降ってくる。
僅(わず)かな重みが離れていって、今日初めて先輩の顔をちゃんと見た。

どうしたもこうしたも、貴女の所為っすよ……。

心の中で言葉にしても、口に出す事は出来ない。
そんな事をしてしまえば全てが壊れてしまうから。
キョウダイの様に扱われても、やっぱ他の奴より近くに居る存在だという事には変わりはない。
だから捨てきれない自分が居る。


「なんでも…ないっすよ。」
「本当に?」
「はい。」


俺の正面でしゃがんで下から見上げてくる。
まるで弟を心配する姉のようだった。

でも……俺が欲しいのはっ!!
俺が欲しいのは、そんなんじゃないんだ。

考え込んでいると、先輩以外の先輩たちが続々と来た。


「あ。みんな遅かったね〜。」
「まあ……。そうですね。」


先輩たちは何か言いたげに俺に視線を投げかけた。
観月さんは先輩の言葉に、一瞬つまった様に見えた。
すると、観月さんは俺の横まですたすたと歩いてきた。
他の先輩たちが見守る中、耳打ちをしてきた。


「裕太くん。告白しなかったんですか?」


思考回路が妙な音を立てて止まった気がした。


「な、なっ!!!」
「おや、残念ですねぇ。折角(せっかく)チャンスを作ってさしあげたのに……。」


心底残念そうな顔をして観月さんは言った。
裏側には黒い笑顔を浮かべながら……。

焦った。
相当焦った。
たぶん顔が赤くなっている。
むしろ青ざめてるかも……。

その観月さんの言葉に反応して、柳沢先輩と木更津先輩がそれぞれに言った。
そりゃあもう、かなり残念そうにな!


「なんだぁね。」
「結局、しなかったんだ。」


木更津先輩なんてくすくす笑いながら言っている。

いや、目が笑っていないんですけど……。

石田と金田がいつの間にか近くに来ていた。
視線はやっぱり俺に向いている。

なんだよ!!
その同情心でいっぱいの目は!!


「え?何の話?」


一人だけ状況を把握できていない先輩は、他の先輩から聞きだそうとし始める。

まずは赤澤部長。
次は木更津先輩。
更に観月さん。

俺は本気で止めてくれと願った。
誰も言わないでくれ、とも。
そんな願いは、観月さんが居るのだから叶う訳もない。


「ねえ、観月。何の話なの?」
「それはですねぇ……。」


赤澤部長のように同情してくれる訳もなく、木更津先輩のように黙秘してくれる訳でもなく……。
観月さんはあっさりと暴露してくれた。


「裕太くんがさんに告白しなかったのか、という話ですよ。」
「え……。」


ああ。
ほら…。
先輩が困ってるじゃないですか……。

困惑する俺と先輩。
それを見て観月さんは楽しそうに言った。


「自分でハッキリ言ったらどうですか?裕太くん。」


他人事だと思って……。

先輩と眼が合う。
そのまま目が逸らせない。

ここは腹を括るしかないか……。

諦めにも似た気持ちで決心する。
息を吸って言葉にしようとする。
たった四音の言葉が、とても重く感じられた。


「俺は……先輩の事が……。」


公衆の面前でこんなこと言う破目になるとは……。
誰が予測できただろうか。


「好き…です……。」


あーあ。
言っちゃったよ……。

同じコート内に居た仲間たちの視線が、一点に集中する。

先輩を見ていることが出来なくなって目を逸らす。
斜め下のコートの人工芝生を見ている。

沈黙が突き刺さる。
じりじりと追い詰められているようだ。
誰か助けてくれるのならば助けて欲しい。
逃げ出す事が許されるのなら逃げ出してしまいたい……。

もう一度視線を上げて、先輩を視界に入れる。
先輩は顔を両手で覆っていた。


……先輩?」


数歩距離を縮めて顔を覗き込む。
その瞬間、どこかから吹き出す声が聞こえた。


「っぷ。」
「くっくくくっ!」
「え?」


何故かこのタイミングでコート内に笑い声が広がる。
笑っていたのは、俺と先輩以外のその場に居た人間全員だった。
最初に吹き出したのはどうやら観月さんだったようだ。
木更津先輩は静かに笑っている。
柳原先輩はコートの入り口に寄りかかりながら。
その他の人はたいそう楽しそうに腹を抱えながら笑ってやがる。

一体何なんだ?!

そんな俺の疑問に答えたのは観月さんだった。


「あのですね、裕太くん。」
「なんすか?!」
「実は……。」


観月さんの言葉を止めたのは先輩だった。
先輩は凄(すさ)まじい殺気を飛ばしながら高速で観月さんに近付き、胸倉(むなぐら)を掴んだ。


「み〜づ〜きぃ〜!!!!」
「やはりあなたも自分の口で言いたいですか?」


言葉に詰まってから、先輩は俺のほうを振り返る。
顔がいつもより赤い気がするのは気のせいだろうか?
じっと俺を見つめて、俯く。
口が小さく開くのが見えた。

そして予想外の言葉が聞こえてきた。


「私も、好き。」
「え!!?」





例え俺が一年早く生まれなくても
例え貴女が一年遅く生まれなくても

貴女は俺を
俺は貴女を

好きな事は変えられない……















あとがき+++

裕太くん初登場☆
やっぱり裕太くんヘタレてます(笑)
これはハッピーエンドverです。(ってことはバッドエンドも……)
バッドエンドはまだ作っていません。
余裕があればってことで。

聖ルドルフ、嫌いではないのですが……。
書きにくいですねっ!
青学や氷帝の面々に比べて、レギュラーの中でも影が薄い人が居るし……。
金田とか石田とか石田とか石田とか金田とか……(苦笑)

そういえば『観月』って、読みは"ミツキ"と"ミヅキ"どちらが正しいのでしょうか?

by碧種


04.04.20