重い重い溜め息
ひとつ
ふたつ
みっつ……
溜め息
どれくらいこの沈黙が続いているだろう。
折角学校帰りに待ち合わせをして逢っているというのに、何でこうなってしまったのか。
原因はただ一つ。
否、ただ一人。
女タラシ、千石清純である。
深司の来たタイミングが悪いとも言えるが、99.9%ぐらい千石の所為だ。
「ちゃ〜ん」
「千石?」
ソイツは唐突に目の前に現れた。
いつも通りのニヤケ顔で近づいてくる。
私は出来る事なら千石の相手をしたくはない。
特に今は。
深司を待っている今は。
「何の用でしょうか?」
「冷たいなぁ、ちゃんは。」
「彼氏持ちにも手を出す、女たらしの千石君の相手をすると深司が怒るので。」
さっさと居なくなってくれと願いつつ、軽く流す。
こんな所を深司に見られたら、後が大変だ。
「何か、その言われよう酷くない?」
「強(あなが)ちただの噂でもないでしょ?」
「ご機嫌斜め?」
「千石君が煩(うるさ)いからです。」
振り払おうにもなかなかにしつこい千石。
このままでは深司が来てしまう。
また不機嫌になるんだよね、きっと。
必死になって千石を追い払おうとしたが、その努力も空しく深司の姿が見える。
「あっ、深司。」
私が深司に手を振ろうと千石を視界から外した瞬間。
あの瞬間の千石の何か悪戯を思いついたかのような表情は、何度思い返しても忌々しい。
あの男はあろう事か私を抱き寄せた。
しかも、深司に見せ付けるように。
「…………と千石さん。」
明らかに怒っている深司を見て血の気が引く。
おもいっきり千石を突き飛ばそうとする。
が、上手く離れてくれない。
そうこうしているうちに、深司が近づいてくる。
歩き方が、いかにも怒っていますといった感じだ。
「何してるんですか?」
「ん?ちゃんと友情を深めているのだよ。」
「ちょっ、え?」
私が困惑しているのにも構わず、二人だけで話を進めている。
ちょっと待て、と言いたくても言えない。
放せ、とも言いたくても言えない。
戸惑っていると、深司の手によって千石が引き剥がされた。
「ムキになっちゃって。」
茶化すように笑う千石を睨みつける深司。
もし私が二股女なら修羅場だろうなぁ。
ぼんやりとその光景を分析していると、深司に引っ張られる。
いつもよりも強く掴まれた手首はひりひりと痛んだ。
「返してもらいます。」
「どうぞどうぞ。」
近付いてきた時と同じニヤケ顔で私たちを見送る千石。
それに牽制をするように深司が一言言った。
「後日、お礼に伺います。」
冷笑とも言いがたいような絶対0℃の笑顔で叩きつけた言葉は、その場を凍らせた。
深司君、それは"お礼参り"ってやつですか?
次こそ成敗してくれる。
いっそ悪霊退散でも何でもいい。
そんな決意を固めながらも、溜め息は止まらない。
気休めのように立ち寄ったファミレスの喧騒も何の役にも立っていない。
もしかしたら逆効果だったのかもしれない。
ファミレスの喧騒の中では深司の声は聞こえにくい。
もう一度溜め息が口から漏れる。
「……あのさ。」
「……。」
「、聞こえてない?」
「えっ、あ。ごめん。何?」
選択ミス確定。
考え込んでいるだけで深司の声を聞き取れなくなるなんて、やっぱりダメだ。
早く出たほうが良いのかもしれない。
そんな事を考えている間、深司にじっと見られていた。
ふと目が合って、ごめんともう一度言う。
「は俺よりも千石さんの方が良いのって訊いてるの。」
「え?」
「どうなの?」
突然の質問。
何言ってんの?
そんなの考えるまでも無いでしょ?
「即答で深司なんですけど。」
迷うまでも無い。
と言うより、迷う要素が全く無い。
「なら……別に。」
いいけどさ、という言葉と一緒に溜め息を吐いて、ふいっと目線を外した。
その深司の表情が拗ねているように見える。
いつに無く子供っぽい表情に一寸戸惑った。
って事は、やきもち焼いていたのですか?
千石相手に?
「もしかして……やきもち?」
興味本位で訊くと深司は、クールビューティーな顔を不機嫌そうに歪ませた。
「……悪い?」
「滅相も無い!嬉しいくらいだよ。」
「ふ〜ん。」
本気でキレてしまう前に両手を挙げて白旗を振る。
明らかにやきもちでしょ、とか。
拗ねてるじゃん、とか。
言える事も沢山あるけど……。
ま、愛されてるって事で満足しときますよ。
その溜め息も、全部、愛ってことで。
あとがき+++
始めまして伊武君(笑)
結構彼のことは気に入っているのですが、なかなか出番がなかったのです。
と、言う訳で、始めまして(笑)
千石さん登場によりややギャグ化してますが、もっとマジメな雰囲気になるはずだったのです。
しかも千石出張りすぎ(苦笑)
伊武よりも目立ってたりするのでしょうか?
次の機会があれば、伊武onlyで頑張ろうかと。
by碧種
06.02.03