それを突破する瞬間を

虎視眈々と狙っているの










理論武装の恋










いつもと変わらず、データノート片手に表情の読めない貞治。

いつもと変わらず、その表情を読もうとする私。



何を書いているか。

誰のことを分析しているのか。

いつの為の戦略なのか。

どういう事を考えているのか。


私には何も教えてくれない。

否。

私にも、誰にも、何も教えてはくれない。



眉一つ動かさないその顔を、じっと正面から見つめても、やっぱり表情は読めない。

私の熱視線にようやく気づいたのか、貞治が不意に顔を上げた。



「どうかしたか?」

「別に、何も。」



素っ気なく答えて視線を逸らす。

すぐにクッと低く笑う声がして、ちらりと見ると、貞治が口元に笑みを浮かべていた。



「目を逸らす時、拗ねている確立95.3%。」

「……。」

「來が言い返してこない時は、99.7%図星、だな。」



何も言い返せない私に、貞治はノートを置き去りにして近づいてくる。

その間、私は彼ではなくノートを睨み付けていた。

すると貞治は、あえて私の視界を遮るように立った。



「そんなにノートが妬けるか?」

「ええ。妬け過ぎて焦げそうなくらいよ。」

「へぇ、そう。」



あくまで平静を装い合う。

ノートさえも焦げ付かせそうな熱視線を今度は貞治に向けた。

貞治は、その視線に無言で見つめ返してくる。


長くも短くも感じられた視線の交錯の後、不意に貞治の口が笑みを浮かべた。



「そんなに妬けるなら……。」



俺だけを見ていればいい、と耳元で貞治が囁く。


まだ一度たりとも好きだなんて言っていないのに、何という自信。

傲慢と称されても不足ないほどの不遜さに太刀打ちすることなんて、私には出来ない。

否定したところで、彼の確率理論で落とされてしまうのだから、素直に白状しよう。



「とっくの昔に、貞治しか見えてない。」



そして、唯一にして最後の先制攻撃をしかけて、その理論武装を解除させてやる。


そう意気込んで、至近距離に迫っていた唇を強引に掠め取った。

思ったよりも人間らしく暖かな唇に、不覚にもドキリとした。

そんな私の思惑を他所に、貞治は攻撃に動じることなく、むしろ不敵に笑っている。



「來。それは挑発してるつもり?」

「っ!」



逆光眼鏡で読めない表情は、未だに不遜なままな様子で、私の作戦は見事に不発に終わったことを告げていた。

渾身の先制攻撃さえも、貞治にとっては数ある可能性の一つとして、見抜かれていたに違いない。


にやりと歪められた唇が少し前より生々しく映る。

目を背けたくなるような羞恥心からも、敗北感を感じるその表情からも目を背けられない。



「残念だったね。そんなんじゃアドバンテージは取らせないよ。」

「っ!!」



驚く私を嘲笑うかのように、貞治が私の頬に優しく触れた。

それだけのことで体が跳ねる。

そんな私の様子を見て、貞治は更に笑みを深くした。


アドバンテージなんて当の昔から彼の元にあるというのに、それを一瞬さえも取らせてもらえない。

それも、決死の覚悟で仕掛けた攻撃が不発だっただけじゃなく、重ねて動揺させられるだなんて……。

なんて不公平な話だろう。



「……ずるい。」

「ずるくて結構。君の行動なんて99%お見通しだ。」

「勝負にならないじゃない。」


99%という数字じゃ、勝負する以前の問題だ。

残り1%の不測の事態でさえ、きっと貞治はあっさりと攻略してしまうのが目に見えている。


熱を帯びていく私の頬にひんやりとした貞治の手が触れている。

これ以上の攻撃を仕掛ける気力もほとんどない状態の私に、彼は囁く。



「勝負にならないように何年もデータを積み上げてきたんだから、当然だ。」

「え?」

「來の行動一つ一つの因果関係を論立てて、どれだけのシュミレーションを繰り返してきたか、分からないだろうな。」



”お前のために理論武装してるんだ”と、予想の範疇外からの答えが返ってくる。



「來が俺に夢中になるよう、あの手この手で画策してきたんだ。今日の行動は当然の結果としてデータを取らせてもらうよ。」



貞治は更に不敵に笑うかと思いきや、想像していた以上に幼く、ゲームに勝った少年のような笑みを浮かべていた。

はじめてみる表情に惹きつけられ、じっと見つめている私を、貞治はぐいっと引き寄せた。


近すぎる距離に心臓が早鐘を打つ。

勝者となった彼は、ゆっくりとこちらに屈む。

今日の戦利品は『私』だ。



「勝てないわ。」

「試合放棄をお勧めするね。」

「私はさっきので真剣勝負のつもりだったんだけど。」

「それは失礼。大して戦わずして勝ってしまったわけだ。」



どうでもいいような言葉を至近距離で交わして、どちらとも無くクスリと笑い、触れるだけのキスをした。


最初のキスより優しく、長く。

そして少しだけ熱いキス。


理論武装したその向こうには、思ったよりも年相応の貞治がいた。

ほんの少しだけ照れくさそうに、それでも嬉しそうに微笑む彼の顔は、武装解除の合図のように感じた。



「それで?」

「え?」



急に不敵な笑みへと表情を変えた貞治は、勝ち誇ったように私を見つめている。

勝者の余裕で私の髪を弄びながら、彼は言い放った。



「ちゃんとした告白は、してくれないの?」

「−−−−っ!!!」

「俺が勝者なら、それくらいの権利はあるだろ?」



確かに、負けたとは言ったけれど、そこまでを要求されるとは思わなかった。

驚きのあまり言葉に詰まる私を楽しそうに観察している。

そんな貞治相手に私の勝ち目は100%ない。

赤くなる顔を隠すこともできず、意を決して至近距離に迫る貞治の顔を見つめる。



「好きよ、貞治。」



理論武装した彼が、誰よりも好き。

私の一言で、貞治の少年のような微笑が見れるのであれば、いつでも言いたくなってしまうのは、私の完全なる敗北。





敗北は認めよう

でも、武装解除させられるのは

私だけの特権だから


私も勝者だ















あとがき+++

はい、珍しく反射メガネ君です(笑)
本当に珍しくて、前半戦しか%を言っていないので、誰でもよかったのでは?という突っ込みは不要です!

お目汚し失礼いたしました(苦笑)私たちは
一体どこで……










触れない指先










圧倒的な熱量で、貞治に攻め立てられる。
それでも交わす言葉は何も無い。

名前も。
懇願も。
何も、無い。

ただ熱を交わすだけの行為に、心が悲鳴をあげ始める。
叫びだしそうになる心を抑制して、それさえも見て見ぬ振りをした。
両手で視界を覆い、目を閉ざし、口を閉ざす。


「……っ、ぁ。…ぅんっ……。」


それでも時折、嗚咽にも似た音が漏れる。


「……ふぁっ。」


自分自身の悲鳴にも聞こえてしまいそうな声に、悲しくなる。
そして、何も感じていないように見える貞治に、哀しくなる。
心と身体がバラバラになっていく気がした。

こんな筈ではなかった。
本当に愛し合っていた。
大好きで仕方なくて、四年前の春に付き合い始めたのに。





私たちは、どこで間違えてしまったのだろう?





全てが終わった後の怠惰な時間でさえも、無言でしか居られない私たち。
シーツの波に埋もれて、顔さえも合わせずにいる。

世間一般の恋人たちは、睦み合うのだというのに、「愛してる」の一言も言えない空気が私たちの間にはある。

2人分の熱を吸ったベッドは、微温湯(ぬるまゆ)に浸かっているような心地よさがある。
その心地よさに任せて、いつも私はまどろむ。
そして、少しだけ眠ってしまった私の目に最初に映るのは、貞治の背中。


『さだはる。』


哀しくなって口の動きだけで名前を呼ぶ。
貞治の背中に少しだけ手を伸ばしても、いつも伸ばすだけで終わってしまう。

今日も決して届くことの無い手が宙を彷徨う。

それも虚しくて、手を引っ込めて身を捩ると、パソコンに向かっていた貞治が振り向く。
画面の明かりだけが妙に明るくて、貞治の表情は陰になって見えない。


「起きたのか?」
「ええ。」
「水ならサイドボードの上だ。」
「ありがとう。」


私がペットボトルに手を伸ばすのを見てから、貞治はまたパソコンの画面に向かう。
そんなあっさりとした態度に、ため息が出そうになる。
ため息を堪えて、私は水を飲んだ。


そういえば、大学のレポートが週明けに提出だから、と貞治は言っていた。

最近はそのレポートとやらの所為で、以前にも増して触れ合う時間は減ったし、それ以外はパソコンばかりを見ている貞治。
それを止めようともしない私。
平時でさえ、テニスサークルに力を注いでいる貞治。
いつも良い子でいるようにしている私。

大学に入学してから二年と少しで、随分と私たちの間のコミュニケーションは減ってしまっていた。
そもそも二人の時間が少ないのだから仕方ないとさえ思っている。


貞治のキーボードを叩く音が静かな部屋に響く。
時折、本やノートを捲る音もする。
ちっとも振り向きやしない背中を見つめたまま、私はまたうとうととしていた。










画面の明かりが無くなり、意識が浮上する。
寝ぼけたままゆっくりと目を開けると、同時に貞治がベッドサイドに座りベッドが鳴った。


……。」


久しく呼ばれていなかった名前を紡がれてドキリとした。
どうやら貞治は私が目を覚ましたことに気づいていないようだ。
それをいいことに私はもう一度目を閉じた。


、すまない。」


切な気な声でもう一度、名前を呼ばれた。
汗で張り付いた前髪をさらりと撫でられる。


「俺はお前に対して、いつも言葉足らずになってしまっている。それに気づきながら、俺は見て見ぬ振りをしているな。」


貞治の優しい言葉を噛み締める。
猫撫で声じゃない、本当に優しい声が閉ざしていた心に染み込んでくる。


、愛している。いつまでも傍に居てくれ。」


思い掛けない告白に、涙が堪えられなくなった。
鼻の奥がツンと痛んで、眼球が熱くなる。
悲鳴を上げそうなほど痛んでいた心が、急に優しさに晒されて困惑する。



どうしてだろう?
今まで我慢していたものが全て溢れだしてしまう……。



「っぅう。」
?」
「っひく。」
「起きていたのか?」


ボロボロと零れる涙を、貞治の冷たい手が拭う。
パソコンに向かってばかりで冷え切った手が、今はどこか気持ちよかった。
泣きじゃくりながら上半身を起こすと、貞治にふわりと抱きしめられた。


「ば、か。」
「あぁ。俺は馬鹿だな。」
「ホント、……っ、ばか。」
「そうだな。大切な恋人を哀しませてばかりだ。」


嗚咽を繰り返す私の頭を、貞治は優しく撫でていく。
そんな優しさにさえ涙が止まらないのは、きっと今までが余りにも優しくなかった所為だ。


「からだ、だけ、かとっ……。」
「そんな訳ないだろ?」
「ぅ、だ……って。」
「テニスばかりで呆れたか?」
「違っ……。名前、呼ばな……ぃ。」


名前も何も、言葉にしてくれない貞治に、何も言えずに不安がっていた私。

一体、何年ぶりに本音で話しているんだろうとか。
今までの心配は何だったんだろうとか。
やっぱり貞治は貞治だとか。

言いたいことは沢山あったんだけど、沢山降ってくるキスにどうでもよくなっていた。
だけど一つ、言わなきゃいけない事がある。


「さだ、はる。」
「なんだい?」
「……だいす、き。」
「知っている。俺も大好きだよ、。」


結局、私は彼に敵わない訳で。
想いを伝え切れていないのはお互い様。
誰の所為でもなく自分自身の所為だったって事。

止まないキスの雨にまどろみそうになると、彼はニヤリと笑う。


「折角心も通じ合ったし、もう一回、シようか?」
「っば、バカっ!!」





夜明けまではまだまだ遠い。















あとがき+++

大学生な乾でした(笑)
そして初微エロでした(爆)

本当は、他の小説の為に微エロ項目を増やしたのですが、先にこっちが仕上がっちゃいました。
久々の乾ですが、%とか言ってないだけに、誰でもよかったのかもとか言わないで下さい(汗)
とにかく勢いだけでネタが出来、勢いで乾にしたので、なんとも、まぁ(笑)

えっと、幸せには会話が必須ですよ、というお話でした!!


by碧種


12.05.04