私たちは
一体どこで……










触れない指先










圧倒的な熱量で、貞治に攻め立てられる。
それでも交わす言葉は何も無い。

名前も。
懇願も。
何も、無い。

ただ熱を交わすだけの行為に、心が悲鳴をあげ始める。
叫びだしそうになる心を抑制して、それさえも見て見ぬ振りをした。
両手で視界を覆い、目を閉ざし、口を閉ざす。


「……っ、ぁ。…ぅんっ……。」


それでも時折、嗚咽にも似た音が漏れる。


「……ふぁっ。」


自分自身の悲鳴にも聞こえてしまいそうな声に、悲しくなる。
そして、何も感じていないように見える貞治に、哀しくなる。
心と身体がバラバラになっていく気がした。

こんな筈ではなかった。
本当に愛し合っていた。
大好きで仕方なくて、四年前の春に付き合い始めたのに。





私たちは、どこで間違えてしまったのだろう?





全てが終わった後の怠惰な時間でさえも、無言でしか居られない私たち。
シーツの波に埋もれて、顔さえも合わせずにいる。

世間一般の恋人たちは、睦み合うのだというのに、「愛してる」の一言も言えない空気が私たちの間にはある。

2人分の熱を吸ったベッドは、微温湯(ぬるまゆ)に浸かっているような心地よさがある。
その心地よさに任せて、いつも私はまどろむ。
そして、少しだけ眠ってしまった私の目に最初に映るのは、貞治の背中。


『さだはる。』


哀しくなって口の動きだけで名前を呼ぶ。
貞治の背中に少しだけ手を伸ばしても、いつも伸ばすだけで終わってしまう。

今日も決して届くことの無い手が宙を彷徨う。

それも虚しくて、手を引っ込めて身を捩ると、パソコンに向かっていた貞治が振り向く。
画面の明かりだけが妙に明るくて、貞治の表情は陰になって見えない。


「起きたのか?」
「ええ。」
「水ならサイドボードの上だ。」
「ありがとう。」


私がペットボトルに手を伸ばすのを見てから、貞治はまたパソコンの画面に向かう。
そんなあっさりとした態度に、ため息が出そうになる。
ため息を堪えて、私は水を飲んだ。


そういえば、大学のレポートが週明けに提出だから、と貞治は言っていた。

最近はそのレポートとやらの所為で、以前にも増して触れ合う時間は減ったし、それ以外はパソコンばかりを見ている貞治。
それを止めようともしない私。
平時でさえ、テニスサークルに力を注いでいる貞治。
いつも良い子でいるようにしている私。

大学に入学してから二年と少しで、随分と私たちの間のコミュニケーションは減ってしまっていた。
そもそも二人の時間が少ないのだから仕方ないとさえ思っている。


貞治のキーボードを叩く音が静かな部屋に響く。
時折、本やノートを捲る音もする。
ちっとも振り向きやしない背中を見つめたまま、私はまたうとうととしていた。










画面の明かりが無くなり、意識が浮上する。
寝ぼけたままゆっくりと目を開けると、同時に貞治がベッドサイドに座りベッドが鳴った。


……。」


久しく呼ばれていなかった名前を紡がれてドキリとした。
どうやら貞治は私が目を覚ましたことに気づいていないようだ。
それをいいことに私はもう一度目を閉じた。


、すまない。」


切な気な声でもう一度、名前を呼ばれた。
汗で張り付いた前髪をさらりと撫でられる。


「俺はお前に対して、いつも言葉足らずになってしまっている。それに気づきながら、俺は見て見ぬ振りをしているな。」


貞治の優しい言葉を噛み締める。
猫撫で声じゃない、本当に優しい声が閉ざしていた心に染み込んでくる。


、愛している。いつまでも傍に居てくれ。」


思い掛けない告白に、涙が堪えられなくなった。
鼻の奥がツンと痛んで、眼球が熱くなる。
悲鳴を上げそうなほど痛んでいた心が、急に優しさに晒されて困惑する。



どうしてだろう?
今まで我慢していたものが全て溢れだしてしまう……。



「っぅう。」
?」
「っひく。」
「起きていたのか?」


ボロボロと零れる涙を、貞治の冷たい手が拭う。
パソコンに向かってばかりで冷え切った手が、今はどこか気持ちよかった。
泣きじゃくりながら上半身を起こすと、貞治にふわりと抱きしめられた。


「ば、か。」
「あぁ。俺は馬鹿だな。」
「ホント、……っ、ばか。」
「そうだな。大切な恋人を哀しませてばかりだ。」


嗚咽を繰り返す私の頭を、貞治は優しく撫でていく。
そんな優しさにさえ涙が止まらないのは、きっと今までが余りにも優しくなかった所為だ。


「からだ、だけ、かとっ……。」
「そんな訳ないだろ?」
「ぅ、だ……って。」
「テニスばかりで呆れたか?」
「違っ……。名前、呼ばな……ぃ。」


名前も何も、言葉にしてくれない貞治に、何も言えずに不安がっていた私。

一体、何年ぶりに本音で話しているんだろうとか。
今までの心配は何だったんだろうとか。
やっぱり貞治は貞治だとか。

言いたいことは沢山あったんだけど、沢山降ってくるキスにどうでもよくなっていた。
だけど一つ、言わなきゃいけない事がある。


「さだ、はる。」
「なんだい?」
「……だいす、き。」
「知っている。俺も大好きだよ、。」


結局、私は彼に敵わない訳で。
想いを伝え切れていないのはお互い様。
誰の所為でもなく自分自身の所為だったって事。

止まないキスの雨にまどろみそうになると、彼はニヤリと笑う。


「折角心も通じ合ったし、もう一回、シようか?」
「っば、バカっ!!」





夜明けまではまだまだ遠い。















あとがき+++

大学生な乾でした(笑)
そして初微エロでした(爆)

本当は、他の小説の為に微エロ項目を増やしたのですが、先にこっちが仕上がっちゃいました。
久々の乾ですが、%とか言ってないだけに、誰でもよかったのかもとか言わないで下さい(汗)
とにかく勢いだけでネタが出来、勢いで乾にしたので、なんとも、まぁ(笑)

えっと、幸せには会話が必須ですよ、というお話でした!!


by碧種


10.05.04