じっと見詰める
この熱視線に気付かないはずがない










気がついてなかったなんて言わせない










いつも通り、表情を緩めるでもなく筋トレを続ける薫ちゃん。
そしてその様子を観察する私。

幼馴染という特権をフル活用して、薫ちゃんの部屋に侵入したのが3時間前。
テニス部の練習を終えて帰ってきた薫ちゃんが部屋に入ったのが2時間前。
薫ちゃんの家族に促されるまま、夕飯を一緒にいただいたのが1時間前。

私が部屋にいる理由は訊ねられたけど、黙秘した。
それでも退室命令は出なかったから、結局私は居座り続けている。


只今の時刻、午後8時過ぎ。


何の前触れも無く薫ちゃんが私の方を見る。


「何だ、ジロジロ見て。」


何だとは何だ、と言いたくなるのをぐっと抑える。

はなから手に持った雑誌も見ずに、薫ちゃんがトレーニングしている姿を見ていたのに、今更何を言うのだろう。
薫ちゃんが帰ってきてからずっと見ているんだから、今更過ぎる。

取り繕うように雑誌に目を向けるでもなく、薫ちゃんの顔をじっと見る。
一見怒っている様に見える目つきだけど、いつもの事なので気にしないで反論する。


「いや、何でもありませんよ。」
「変な奴。」
「ええ、どうせ変わり者ですから。」


変だと言われても落ち込まずに、むしろ笑顔で返す私に閉口してしまったらしい。
意味を成していなかった会話が途切れる。

こういう風に会話が途切れるときは、呆れられたか、邪魔と思われたかのどっちかだ。
今回は呆れられたパターン。
邪魔だと思われたときは、軽く睨まれて無言であしらわれる。
冷たい対応ではあるが、邪魔だとか言われないだけマシ。

因みに場所が薫ちゃんの部屋である限り主導権は彼にある。
邪魔と言われたら最後、出て行く以外の選択肢は無い。


「見てて楽しいか?」
「楽しいよ。」


投げかけられた質問に、ニコニコしながら即答した。
しばらく視線が合っていたけど、薫ちゃんが無言のまま視線を外す。
そしてすぐに中断していた筋トレを再開した。


楽しいか、楽しくないかなんて愚問だね。
そんなの、楽しいに決まってるでしょ?
その理由に気がついてなかったなんて言わせない。
絶対に言わせない。


心の中で独り言。


たぶん今、私の顔はにやけている。
にやけた顔のまま、また筋トレしている薫ちゃんの姿を眺める。
そんな私を気にする様子は見せまいと、必死にトレーニングに励もうとする薫ちゃんの姿は愛しい。


「おい。」
「ん?何?」


不意に声を掛けられる。
私に声を掛けるとほぼ同時に、薫ちゃんは立ち上がった。


「俺は走ってくる。」
「いってらっしゃ〜い。」
「……じゃねぇだろ。」


心底呆れた、と言わんがばかりの表情の薫ちゃん。
さすがの私もその表情を気にしないわけにもいかず、しぶしぶ立ち上がる。
まだまだ帰りたくない、というのが本音だけど、家主様に逆らうわけにはいかない。

そして何より、嫌われたくはない。


「はいはい。解ったって。そんなに睨まなくても、大人しく自分の家に帰りますよ。」


両手を挙げて、早々に降参のポーズをとる。
手にしていた雑誌をもとあった場所に戻して、自分が持ってきた荷物を手に取った。
荷物と言っても、小さなポシェット一つだけなんだけど。

今日は存分に薫ちゃんの姿を観察できた。
それだけで満足と言うことにしておこう。

自分で自分を納得させて、部屋を出ようと踏み出した。
それと同時に、後ろから呼びかけられる。


「おい、。」
「なーに?薫ちゃん。」


その声に振り返ると、そこには怪訝そうな顔の薫ちゃんがいた。
笑顔の私と、渋い顔の薫ちゃんが対峙する。

何を今更、私に言うことがあるのだろう?


「どうして俺を見てて楽しいんだ?」





本当に、今更。





「分からないかなぁ?」
「お前が変なやつだって事以外な。」
「本当に〜?」
「分かるわけねぇだろ。」


本当に分からない、と主張する薫ちゃん。
はぐらかし続ける私。

平行線を辿り続ける言葉は、気付いているのでしょ、と言いたい私の心の表れ。


「気がついてなかった、なんて言わせない。」
「何に気付けって言うんだ。」


どんなに鈍感だとしても、そろそろ気付く頃。
いくらなんでも、本気で気がついてないなんて許されない。

だから、絶対……。


「気付いてくれないなら知らないっ。」


物分りが言いフリももう終わり。
悪戯を仕掛ける猫のようにするりと部屋を抜け出す。
パタパタと足音を立てながら玄関まで逃げた。


っ!おい、待てって!」
「待たないよっ。」
「あら、ちゃん帰っちゃうの?」


居間から出てきたおばさんが、引きとめようとする。
それに一礼して応える。


「はい!夕飯ご馳走様でした。」


靴をするりと履いて、玄関を飛び出した。
ジャージ片手に駆けてきた薫ちゃんは、僅かな差で私を捕まえることができなかった。
そのまま振り返らずに、夜の街を駆け抜ける。

途中で薫ちゃんの声が聞こえた気がした。


「捕まえられるなら、捕まえて見せろっての。」


誰もいない道で独り言を呟く。
捕まえたところで困惑するであろう薫ちゃんの顔を思い浮かべて、一人笑う。


捕まえられたら、覚悟してもらおうじゃないの。

君が気付かず膨らみ続けたこの想い。
全部受け止めてもらうんだから。





君が好きだって
気がつかなかったの?















あとがき+++

拍手ssになるはずだったモノの発展版です。

就職活動始めてから、忙しさのあまり創作意欲わきまくりです。
でも、いっつも夜中(笑)

最近、ついうっかりニコ動にはまり、ついうっかりボカロオリジナル系にはまってます。
その所為か筆は進みますが、就活進みません(苦笑)
(とかいう大事な時期に執筆していましたとさ(笑))


by碧種


10.03.29