本当は……
君の事が

心配で心配で堪らないんだ










夏日










暑い通学路を太陽光を十分に受けながら歩く。


「なんて暑さなんだ……。」


人の思考回路を鈍くさせるのに十分な暑さ。
じりじりと私の思考回路を焼いてゆく。

何分も歩くとようやく見えてくる見慣れた校舎は、人気がない。


「さっすが夏休み……。運動部くらいしか来てないよなぁ。」


独り言が多くなるのも暑さの所為にする。
ダラダラと流れる汗を拭って溜め息を吐く。


「何でこんな所に居なくちゃいけないんだ?」


文句を言っても始まらない事は分かっている。
仕方なく足を進めて、目的の場所へと向かう。

黙々と歩く。
真っ直ぐに。








瞬間、視界が歪んだ。







「あ、れ?」


足が言うことを利かない。
大して中身の入っていない鞄を持っているほうへ身体が傾く。
景色が全部、スローモーションになる。
テニスコートから聞こえてくる声が遠退く。




おっかしいなぁ……。




そう思った途端、意識がホワイトアウトした。










意識が徐々に浮上してくる。
額に冷たいものを感じる。


冷たい?


「ん……。」
「……?」


力の入らない瞼を一生懸命開く。
ぼんやりと見えてきたのは白い天井と、覗き込んでくる人。


?!大丈夫?」


心配する声と、心配そうな顔。
もう一度、沈みかける意識を必死に引き上げる。
ハッキリと見えた視界に居たのは……。


「英二……。」
……?」


ふにゃっと英二の目尻が下がる。

その様子をしっかりと見てから、状況を確認する。
とりあえず分かる事は今居る場所が保健室らしいという事。
それから、英二がレギュラージャージを着ている事から部活中なんだろうという事。


「どうして……。」


どうしてここにいるのか分からない。
どうして英二がいるのかも分からない。

疑問だらけだ……。

私の寝ているベッドの横の椅子に座っている英二。
そっちを見る。
目が合った瞬間、ニコッと笑った。


「俺もビックリしたんだよ?休憩に入ったから水浴びに行こうと思ってコートから出たら、がぶっ倒れてんだもん。」


どうしようかと思ったよ、と呑気な声で言う。
私が気が付いたからホッとしたんだろう。
からからと笑っている。

そして私は思い出す。


「それは……。」
「ん?」
「あんたの所為だっつーの!!!」
「にゃ!?」


ここが保健室だという事も忘れて叫ぶ。
それと同時に思いっきり起き上がった。
言い切った瞬間眩暈(めまい)がする。
自然と英二の方に傾いてしまう。
それをさっと支えてくれる。

そんな不安定な体制のまま理由を聞いてきた。


「にゃんで俺の所為なのさぁ〜。」


いつもの倍以上近い距離に、体温が急激に上がる。
まるで何とも無いかのように話しかけてくる英二が恨めしい。

私はこの体制を気にしていないふりをする。

英二から離れてベッドの上に座り直す。
膝の上に落ちた濡らされたタオルに気付いて拾う。
完全に体勢を立て直してから説明し始めた。

たぶん何もヘマはしていないはず。


「今朝うちの犬の散歩してたら、英二のお姉さんに会ったの。それで君が弁当忘れてたから届けて欲しいって言われてさ。」


鞄の中見て、と言うと横から私の鞄が出てくる。
鞄も英二がちゃんと回収してくれたらしい。

がさがさと鞄の中を漁る音が続いた。


「あっ!あった。」
「どうぞお受け取り下さい。」
「さんきゅ。」


そう言ったら出て行くかと思ったのに、そこでお弁当を開ける。
いただきますとちゃんと言って食べ始めた。
私が呆然としているのを見て、笑顔を向けてくる。


「どしたの?」
「いや……練習、は?」
「今まさしく昼休みだよ。」


あ、エビフライだとか何とか言いながらおいしそうに食べている。

呑気なもんだ。
………………ん?


「昼……休み?」
「うん。」
「嘘。」
「いや、マジだって。」


そう言ってニコニコしている英二の後ろに時計見える。
仕切り用のカーテンの隙間から見えるそれは、明らかに昼じゃない時間を指している。
短針は完全に真上を通り過ぎているし、長針はほぼ真下。

どう考えてもテニス部の練習は始まっているのでは?


「嘘。だって時間、2時過ぎてる。……ほら。」
「あ。」


英二は後ろの時計を見た。
自分の嘘がばれた理由を見たまま動かない。
言い訳を考えているんだろうか。

追い詰める台詞を考えるものの、何も思いつかない。
本調子じゃない事を思い知らされる。


「ばれちゃった?」
「ばれてるって。」


沈黙の後に口にされた言葉は間抜けだった。
何を長いこと考えていたのか分からない。

次の言葉を聞くまでは分からなかった……。


「んとね、実は部活早退してきたんだ。」
「へー。……えぇ?!!」


さらりと言われたのはとんでもない事実。
大会まであと少しのこの大事な時期に早退したと普通に言う。

私は自分の疑問をそのままぶつけた。


「何で早退なんてしたの?」
「だって……。」


珍しく英二は口篭る。
手に持ったままだった箸(はし)は、所在無さ気に弁当箱の中身を突付いている。

その光景をボーっと眺めている私。
手に持ったタオルが温(ぬる)くなっていく。

予想できなかった言葉の続きは……。


「だって、が心配だったんだもん。」


私の思考回路を止まらせるのに十分な威力だった。





ソノ言葉ハ、如何イウ意味デスカ?





完全に行動が停止した私に向かって怒ったように英二は言う。


「大好きなテニスも手に付かないくらい心配だったの!」
「どう、して?」
「だーかーらー!」


何が何だか分からない私が聞いたことに対して、英二は怒ったように答えた。


「それくらいのことがスキなの!!」


ぶっきらぼうに言った言葉は、紛れも無く愛の告白だった。

予想外もいいところ。
青天の霹靂(へきれき)、とでも言えばいいんだろうか?
正直なところ、全然全くそんな事知りませんでした。

だから、口から出る言葉は一つだけ。


「嘘。」
「ホント。」
「嘘だ。」
「ホントだよ。」
「冗談でしょ?」
「本気だよ。」


意味の無い押問答。
それを切り上げる為に英二は一旦間を置いた。
そしてちょっと怒っている声で私に言う。


「俺は本気。俺が聞きたいのはの返事なんだけど?」


ストレートで真剣な言葉。
茶化す事も、冗談で済ますことも許さない。

さあ、私の答えは……?


「好き、だよ。……たぶん。」
「たぶん?」
「うん。きっと。」


首を傾げて聞き返してくる英二。
そして今度は悪戯っぽく笑う。
その仕草は子供のようだ。


「じゃあ、に自信持って好きって言わせてやるかんな!」


まだ曖昧な答えしか出せない。
だけどいつか必ず……。


「覚悟しとくよ。」















あとがき+++

両想いのような、両想いじゃないような……。
明るく軽めのお話でした…………ん?
話はとても長いですが、内容的には軽いんですよ(苦笑)

数日間(仮)として置かれていたタイトル「みかんドロップ」についてですが……。
みかんドロップを食べながら書いていたからっていう理由です(笑)
話とは全然関係ないんですけどね……。


by碧種


04.08.27