溜め息の数だけ幸せ逃げちゃうよ
ホラ
顔を上げて
俺を見て
胸の奥に隠した真実
「千石って、ホント悩み無さそうだよね。」
そう呟いて、涙ぐんだ瞳で俺を恨めしそうに見上げ、ため息を吐く。
來ちゃんのため息は今日だけで両手では数え切れないほどだ。
原因は知っている。
それから、その原因が俺にとって歓迎できるものでない事も知っている。
「そんなに熱烈に見つめないでぇ、清純困っちゃ〜う。」
「アホ。」
「うわん、いつにも増して冷たいなぁ。」
「千石がアホなだけでしょ。」
折角の俺のボケも見事なまでに空振った。
ただのボケじゃなくて半分本気の言葉だったんだけど、たぶん來ちゃんには伝わってないだろう。
困ってるのはマジ。
なんせ、女の子にじっと見詰められてる状態。
正確に言うと睨まれてるようなもんだけど、上目遣いは反則だと思う。
これに困ったりドキドキしなけりゃ男じゃないでしょ。
でもマジで困ってるなんて言わない。
「いっそ羨ましいくらいよね、そのアホさ加減は。」
「俺にだって悩みくらいあるんだぞ〜。」
「どうせ、女の子にモテて困ってる、とか言うんでしょ?」
ため息混じりに吐かれた刺だらけの言葉は、來ちゃんが思っている以上に威力があった。
たぶん、俺の一番痛いところを的確に付いた言葉。
あまりのダメージに言い返すことさえ忘れて黙り込む。
本当は冗談でも返した方が良い事くらい分かっている。
分かっていても返せないのは、俺が彼女に惚れ込みすぎている証拠だろう。
それからそんな事を彼女が言ってくるのは、全く俺に気が無いからだろう。
流石の清純君も凹みますよ、ホント。
何も言わずに、黙った俺を不思議そうに見る來ちゃん。
「何よ、千石。」
睨みつけてくる訳ではない、下からの視線。
心配をしてるんじゃなくて、疑問を投げかける視線。
沈黙の理由を俺に聞きたいのだろう。
だけどその理由を教えてあげるつもりは無い。
絶対に真実を話してはならないと気付いたから。
胸の奥に隠した真実は押し込めたまま、開かないように蓋をしておこうと決めたから。
だから……。
視線に対して笑顔を返す。
「何でもないよ、來ちゃん。」
沢山の女の子たちに振りまいてきたのと同じ笑顔を。
特別に思っているなんて気付かれちゃいけないから、誰に対しても同じように。
女の子が好きになってくれる明るくて軽い、綿菓子みたいな笑顔。
來ちゃんは、どうもこの笑顔が気に入らないらしい。
俺がこういう風に笑う度に睨まれる。
今だって厳しい顔で俺の事を見ている。
「何?來ちゃん。」
「千石はさぁ……。」
「ん?」
相変わらず軽い調子で話す俺とは対照的に、來ちゃんの言葉は重い。
2人の間にある空気を押しつぶしてしまうほど重くて、俺の笑顔も潰されそう。
それでも必死こいて笑うのは……俺の意地?
"あ"の音を発したままの口で來ちゃんは黙ってしまった。
その沈黙の先に続く言葉をシュミレーションしてみる。
『いっつもヘラヘラしてるよね。』
ご尤もすぎて言い返す言葉もありません。
でも、テニスやってるときぐらいは真剣な顔してるでしょ?
『いっつも鼻の下伸ばしてるよね。』
あ、これはちょっと傷つくぞ。
そんな常に鼻の下伸ばしてる訳じゃないし、変態みたいに言わないでよ……。
『やっぱりアホだよね。』
これが一番マシな言葉かな?
どーせ俺はアホですよ、って軽く返せるしなぁ。
笑顔を取り繕ったままアレコレ考えて來ちゃんの言葉を待った。
すると一瞬だけ目を逸らした來ちゃんは言った。
「千石はなんで作り笑いまでするの?」
「え?」
「女の子にモテたいから?それとも誰かに干渉されたくないから?」
一発で核心を衝かれた気分。
作り笑いをしなくちゃやってられない事だってある。
たとえば來ちゃんがアイツの事を好きだって言ったり。
だから俺に協力して欲しいだなんて言ったり。
たとえば知られたくない想いが溢れてしまいそうになったり。
そんな時は笑うしかない。
だから今も俺は笑ってる。
笑顔のまま沈黙を守って、傷ついてなんかいないよって見せる。
「作り笑いなんかしてないよ。」
「目が笑ってない。」
「それは、気のせいでしょ。」
「ううん。千石はいつもそう。笑ったふりしてる。」
なんて鋭い発言なんだろう。
どうしてこうも本当の事が分かっているんだろう。
思わずため息を吐く。
幸せが逃げていく音が聞こえたけど、気にする余裕なんてもうなかった。
"それは君が好きだからだよ"
ずっと封印しておくはずの言葉が口をついて出そうになって慌てた。
絶対誰にも言わない言葉。
絶対変わらない距離を保ち続けるために、言えない言葉。
言ってしまえば、今の位置が変わってしまうんだろう。
せっかく手に入れた"相談相手"という位置から転落してしまうんだろう。
もしそうなった時、俺はどうすることも出来ないだろう。
だから、言えない。
だから、言わない。
どこまで隠し通せるか分からない真実を抱えて
そのまま俺は
必死で笑った
あとがき+++
拍手ssにする予定だった夢、の発展版です(笑)
久しぶりのキヨ君ですが……。
シリアス展開&悲恋っぽくてごめんなさい。
たまには真面目なキヨを、と意気込んだのですが、大失敗?
この先の展開は皆さんにお任せします、というパターンです(苦笑)
by碧種
09.03.10