必要以上に近付かない
一定以上距離を置く
近付きすぎれば突き放される



それでも私は、信じてる










それもひとつの愛のかたち










彼はとても怖い。
彼は問題児だ。
彼は事件の渦中にいる。


そんなとんでもない評価を受けている彼を、愛してしまった私の負けだと分かっている。
愛してしまった時点で太刀打ちは出来ないのだ。

高校の校舎を出て、真直ぐ向かった先は一人暮らしのアパート。
私の、ではなくて、彼の、だ。


亜久津仁。

私の最愛の人にして、私の天敵でもある。
私の中の様々な常識を超越している人。
だからきっと、私を殺すことが出来るのも彼だけだろう。


アパートの安っぽい階段を、出来るだけ鳴らさないように上る。
表札も出ていない、小さな部屋の扉を叩く。


「亜久津〜。いるの?」


呼びかけても返事の一つもない。
せめてもの礼儀として毎回呼びかけてはいるけれど、部屋に居たとしても返事があった例がない。

ドアノブを回して引くと、鍵がかかっていた。
もう一度試すことも無く、あっさりと諦めて古びた階段を下りる。

今日は見事に外出中だったらしい。

一応、恋人になってから毎日様子を見にきてはいるけれど、亜久津がいつも待っているわけではない。





こんな風に、ちょっとした距離感が保たれている関係がはじめから続いている。

友達の時もそう。

親友とか、密着した関係が苦手なのか、いつも透明な壁が目の前にあった。
その透明な壁が彼の印象を悪くしていることは、少し近付いてみると分かることだった。

恋人になってからもそう。

近付くのはいつも私からで、近付きすぎると少し距離を開けられる。
遠く離れていくことは無くなったけど、透明な壁は乗り越えられなかった。


この壁はいつも私の目の前にある。





階段を下りきって顔を上げると、いつもの亜久津がそこにいた。


「あ、亜久津だ。」
「あぁ??人んち来といてなんだ。」


とてもじゃないけど、恋人に向ける台詞とは思えない言葉を投げかけられる。

いつも通りの不機嫌顔。
いつも通りの制服。
いつも通りのタバコ。

あまりにいつも通りの格好に、おまけのコンビニのビニール袋が付いていた。


「や、今日はもう会えないと思ってたし、吃驚しただけだよ。」
「そーかよ。」


一言一言に突っかかってくるのもいつものこと。
それ以上何も言わずに部屋に戻ろうとするのもいつものこと。

付き合ってるとは思えない惨状。

誰もが口を揃えて、やめておけ、と言う。
そんな、亜久津仁という人間を愛してしまったのは、私。
愛し続けて傍に居ることを許した亜久津。


。」
「……ん?」
「寄ってかねぇのか?」
「寄ってもいいなら行くわ。」


私の言葉の後に、小さな舌打ちが聞こえた。
亜久津は面倒そうに私を見て、寄ってけ、と小さな声で言ってきた。


一番最初に覚えたのは、たまに見せる優しさを、すぐに受け入れてはいけないという事。
距離感を間違えてしまったら突き放されるから、優しさにも距離を測る慎重さを持たなくてはならない。
甘えすぎては私達らしくないというのも一つの理由だ。

次に覚えたのは、舌打ちは必ずしも否定の言葉の代わりではないという事。
舌打ちに怯えて距離を取りすぎては、そのまま距離が遠くなってしまうから、舌打ちがどういう意味なのか考えなくてはならない。
そもそも亜久津に対して私が怯えたことなんか殆んどないのだけども。


自宅に向かう亜久津の後姿を、ゆっくり追いかけた。


150cmの微妙な距離感。
透明な壁がそうさせる距離感。
誰が決めたわけでもない距離感。

距離があると言うには近くて、相思相愛というには遠い。

付かず離れず。
持ちつ持たれつ?
安心感と不安感。
信頼と疑惑。

それでも信じていると言って、何人に笑われただろう。


立ち止まった私を、亜久津は部屋のドアを開けたまま待っている。
亜久津の表情を伺うように見つめてみと、早くしろ、と急かされた。
少しだけ早足で近づく。
そして、ずっと思っていた疑問を吐き出す。


「ねぇ、亜久津。」
「あ?」










私って、   ちゃんと、   愛されてる?










なんてね。
訊くわけないでしょ。


「今日はお茶請けあるの?」
「てめぇは何の為にココに来てんだ?」
「冗談だよ。」


わかんねぇ奴、とため息と一緒に吐き出す亜久津。
その言葉に満面の笑みを返し、亜久津の部屋の中へお邪魔する。
私が指定席に座ると、亜久津はいつもより近くに座った。

どうでもよさそうに買ってきた雑誌に目を通す亜久津と、テレビをつけて眺める私。
ただ沈黙が続くだけの空間。

それでも居心地の悪さなんて感じなくて、かえって私たちらしいのかもしれないとか考えていた。


「ねえ、亜久津。」
「あ?」
「もし、……。」










もし嫌いになったら、ちゃんと捨ててね。










本気でそう言いかけた。
だけど言葉は亜久津の行動に飲み込まれてしまった。


「泣きそうな顔、してんじゃねぇよ。」


触れた唇は、やっぱり彼のほうが冷たくて、なんだか泣きそうだった。
クシャクシャと乱暴に頭を撫でられて、余計に泣きそうになった。
亜久津は雑誌を手放して、なんでも無いような顔でもう一度口付ける。
こつんと、額同士がぶつかって、視線もぶつかった。


「てめぇ、何くだらねぇ事考えた?」
「……別に、何でもない。」
「嘘付け。」


無関心なようで鋭い亜久津に、私は降参した。


「もし嫌いになったら、ちゃんと捨ててって、言おうと思ったの。」
「てめっ…。」
「有り得ない事じゃないでしょ?」


クールに、ドライに、頑張って振舞う。
亜久津の冷たさにショックを受けないように、そして、亜久津に大きな壁を作られないように。
だから私は、中途半端な笑いを浮かべて亜久津を見た。
すると、強引に抱き寄せられて、予測しなかった強い力で抱きしめられる。


「もう一度言ってみろ。殺すぞ。」





背筋が、ぞくりとした。





「誰が好き好んで、好きでもねぇ女を家に上げるっつーんだ?あぁ?」


瞬間、涙が溢れてきた。
一度決壊した堤防からは、止め処なく涙が溢れる。

至近距離から顔を見つめられる。
溢れた涙が拭われて、ぼやける視界に少し赤くなった怒り顔が映る。


「壁作ろうとしてたのは、てめぇだ。來。」
「ごめっ、…なさい。」
「分かったなら黙れ。」


嗚咽が止まらない口を乱暴に塞がれる。
すぐに酸素不足になる私を気遣ってか、亜久津は短いキスを繰り返した。
繰り返される口づけに、余計涙が止まらなかった。
そして亜久津は、止めの様に私の目尻に口付け一言。


、愛してる。」


はっきりと、そう言って止めを刺したのだ。















あとがき+++

亜久津くん第三弾にして、ようやくの甘甘(?)です。

所謂ツンデレ同士だったようで(笑)
好きすぎて不安だから距離を取る2人、みたいな感じです。
今回は高校生設定なわけですが……。

未成年の喫煙はメっですよ!!

とだけ、モラルとして言っておきます(汗)


by碧種


10.05.02