目を閉じてじっと待つ
彼がもうすぐ帰ってくるから










一人が寂しいことを教えた人










日もとっくに落ちて部屋は既に暗闇に包まれ、そのあと何時間も経った。
この部屋に辿り着いてそれから何をしたかは憶えていない。
今はクッションを抱え部屋の明かりも点けず、ただここに居る。


仁はまだ帰ってこない。


暗闇に慣れた目が宙を彷徨う。
気まぐれに時計を見ると、もう日付が変わることを告げている。
秒針が規則正しく音を発している。

アイツからの連絡はないし、別に約束なんかしていない。


ただ、アイツは帰ってくる様子がない。
仁が帰ってきていない、ただそれだけの事だ。


それでも私はこの部屋で待ち続けている。
彼の帰りだけを期待して。





静かに鍵を開ける音。
それからビニールが擦れる音。
その二つの音が仁の帰りを告げた。


「……誰も居ねぇのか?」


小さく聞こえたアイツの声に反応して目を向ける。
部屋の入り口には不機嫌そうな顔をした仁が居た。


「んだよ。いるなら返事くらいしろ。」
「ん、お帰り。」


また一層不機嫌そうに眉を顰めて、それから歩み寄ってきた。
入り際に部屋の明かりをさり気なく点けるその仕草にさえ、温かさを感じる。

じっとその動きを見詰めていると、おい、と声をかけられて何かを投げられる。
受け取ってから、それが私の好きなココアである事に気付いた。
仁は甘いものが好きではないから、私がここに来る事を前提に用意されたんだろう。

思わず表情が緩んだ。


「てめぇが大人しいと調子狂うんだよ。」
「……ありがとう。」


素直にお礼を言うと、少し複雑そうな顔をして結局私の隣に座った。
それなら投げる必要なかったじゃない。
そう思っても、やっぱり隣に仁が居ると何も言えない。
すぐそこに仁が居て肩が触れ合っているだけで嬉しくて……。

投げる必要ないじゃない、とも。
タバコ臭いのキライ、とも。
当然、アンタが居なくて寂しかった、とも言えない。


「いや、違うか。」
「何だよ。」
「ううん。何でもない。」


仁が全く動く様子がないのを良い事に、その肩に寄りかかり目を閉じる。
舌打ちもせずに私の頭を肩で受け止めて黙り込んだ。





そう。
言えないんじゃなく、言わないだけ。

だって、私だけが待ち惚けを食らわされてたなんて悔しいじゃない。





私が肩に寄り掛かっている事も気にせずに、仁が缶コーヒーを開けた。
カシュと缶の開く独特な音がして仁の肩が揺れる。

無音だった空間に生活感が帰ってきた。

その安堵感から眠りそうになると、額を小突かれた。


「いっ。」
「寝てんじゃねぇ。襲うぞ。」


大して痛くなかった額を擦って睨みつける。
相変わらず不機嫌そうな顔だけど、少し口元が笑っているから不機嫌ではないらしい。

だから、不満の声を上げる。


「え〜。仁がタバコ吸うの止めたらいいけどさ。」
「問題はそこかよ。」
「結構重要だって。私、タバコ臭いのヤだし。」


ふいっと顔を逸らす。


次の瞬間……。
何が起きたんだろう。


一瞬にして苦味が口に広がった。
でもすぐにそれは離れていって……。


「なっ!!」
「タバコくせぇとは言わせねぇ。」
「でも苦い。」
「ブラックだからな。」


平然とまたコーヒーを飲み始めた仁。
これ以上動揺するのもアホらしくなって、自分の手元にある缶を開ける。

ぬるくなって甘さが倍増しているココアは、さっき広がった苦味と合わさりなお甘ったるく感じられた。


ソレもコレも仁の所為。
苦いの苦手だって知ってるくせに……。

ふと仕返しの方法を思いつき、彼の名を呼ぶ。


「ねぇ、仁。」
「あ?」


無防備に振り返った彼の顔に手を伸ばす。
ちょっと睨まれても躊躇わず、さっきされたように顎を掴み乱暴に口付ける。
開放すると目を見開いて、ほんの少しすると眉を顰めた。


「やりやがったな。」
「お返しよ。」
「甘ぇ。」
「ココアですから。」


したり顔をしていると、仁が軽く舌打ちをして私を睨みつけた。
そして、喧嘩でも始めるんじゃないかと思うほど好戦的な笑みを見せ付ける。

どうやら彼の闘争心に火を点けてしまったらしい。

しっかりと私の腕を捕まえて、薄く笑う。


「な、何?」
「やられてそのままなんて、俺が許すと思ったか?」
「え?」


身体を仰け反らせて逃げても、それ以上に強い力で引き戻される。

一進一退ではなく一進二退。

徐々に仁の方へ近づく。
これでも手加減されてはいるんだろう。
だからと言って逃がしてくれるはずはない。
ついに頬に手が添えられる。


「ちょっ……。」


制止の声を掛ける間もなく乱暴に唇が奪われる。
息つく間もなく、味わう間もなくもう一回。
少し間が開いて今度は甘く、もう一回。


……。」


コーヒーの苦さと、その名前を呼ぶ声の甘さ。

私の名前を呼ぶ声の甘さに、私は賭ける。





一人が寂しかったのは
私だけじゃない、と















あとがき+++

拍手ss、になるはずだったssの発展版です(笑)

あっくん二作目にして、恋愛っぽいものがやっと書けました。
前作はあまりにも、ブラック無糖だったので……。

学園祭の王子様の影響で、あっくんにチョイはまりな今日この頃です。


by碧種


09.04.10