この感覚は……
宙に流れては消えるソレのように

消え逝く物なのでしょうか?










タバコの煙










いつもの屋上。
ゆらゆらと紫煙(しえん)が宙(そら)に上る。


「亜っ久津ー。」


それを発しているのは、我が校の不良代表 "亜久津 仁" だ。
いつも不機嫌に見えるヤツに声を掛けてみる。


?!」


私の声と姿を認めて驚く亜久津。
寝転がって居たであろう所から体を起こしてこっちを見ている。


「よぅ!」


明るく声を掛けて梯子(はしご)を上る。
図々しくも亜久津の隣に座る。
亜久津は目を見開いたまま私を見ている。


「何さ、そんなにジロジロ見ちゃって。」


笑いながら指差す。
そんな私を見て彼はキレた。


「何さじゃねぇよ!!今は、授業中だぞ!?」
「そういう君は〜?何やってんのかなぁ?」


私の一言で黙ってしまう彼を見てケタケタと笑う。

そう、今はまさしく授業中。
しかもまだ二時間目だ。
きっとクラスでは数学の授業でもしている頃だろう。

どうして私はここに居るのか。
それはきっと……。

しばらくは沈黙していた亜久津も、すぐに再起動した。


「だから、何で級長のお前がここに居んだよ!?」


正論だねぇ。

こんな所でサボってはいるが、これでも歴(れっき)とした級長だ。
クラスを束ねるものとしての立場ってモノもある。
でも、それを利用する事だってあるんだ。


「先生……。気分が悪いので、保健室に行っても良いですか?……で終わり。」
「…………。」


たぶん私のやった事が予想していたより凄(すさ)まじかったのだろう。
完全に言葉を失ってしまった……。
今度は一瞬にして我を取り戻した亜久津はもう一度聞く。


「どうやって、じゃなくて…どうして、だ。」


鋭い言葉に笑顔が引きつる。
たぶん頬のあたりの筋肉が、ヒクッという音を立てて変な動きをしただろう。

私が僅(わず)かに固まっている間に、亜久津はコンクリートに煙草を押し付けて消した。


「う〜む、鋭いねぇ。さすが亜久津君といった所かな?」


最初は説明なんかするつもりはなかった。

でも……。

何となく、私の目を睨みつけている瞳を見ると……。
嘘を付いてはいけないような感じがするのだ。


「サボるのは初めてじゃない。」
「ああ。」


何を思っているのか読めない言葉が返ってくる。
それでも一言も聞き漏らすことはしなさそうだ。


「いつもは保健室で寝てる。」


そうそう、千石に会ったこともあるよ。

補足的に言ってみる。

千石とは会ったこともあれば話したこともある。
女タラシな所を除けば、結構面白くて見所のあるやつだ。


「でも今日は何となく屋上に上がってみたくなった。」
「で?」


そう言いながら、本日何本目か分からないタバコに火を点ける。

聞いてるのか聞いてないのかよく分からない曖昧(あいまい)な態度。
でもどうやら彼は納得するまで追及する気らしい。


「そしたら煙が見えた。だから君かなぁとね。」


亜久津の目がそれも違うと言っている。
ただ真っ直ぐと見ているようで、そうではない瞳が。

彼の追及の手を逃れるすべはあるのだろうか?
きっとないのだろう。


「そうそう。ちょっと前、勝手に君の鞄の中身を検査させていただきましたので。何かのキーとか防衛用とは思えない物騒なものとか、いろいろ入ってるのも拝見しました。」


・・・・・・・。

この瞬間。
私はケータイ、もしくはポラロイドカメラを持っていない事を後悔した。

何せあの亜久津が。
あ・の、亜久津が絶句したのだから。

しかも
"眉根を寄せ三白眼(さんぱくがん)を見開いて、タバコを口から落す"
な〜んてオプションまで付いていたのだから……。


「あらら。バレてなかったのか。それは惜しいことをした。」


そんな彼を前にして、フザケタ風に装う。
オーバーアクションで塗り固めると、誰もが騙(だま)される。

『彼女は明るくて面白い人だ』と。

気付く人はほとんどいない。
私が何を思ってそんな事をしているのか。


「いい加減にしろ。」
「何が、ですか?」


どうせ誰も見抜かない。

そう高をくくっていた私を見透かすような視線。
どう話を逸(そ)らしても、どんなにからかっても逃がしてくれはしない。
真っ直ぐと私を見ている亜久津は……。

根負けしたように奥歯をグッと噛む。
上辺(うわべ)だけの言葉はどこかに消え失せて、本音が口を衝(つ)いて出る。


「亜久津は気付いてる?」


答えは返ってこない。
そんなものは最初から期待していない。


「この違和感に。」


理解されることを望んでいるのではない。
解ってくれなくても良いのだ。
本当は聴いて欲しいだけかもしれない。


「毎日同じ顔を見て、一緒に喋ったり笑いあったりしてるのにさぁ。」


理解してくれなくても構わない。
そうだとしても、それが『普通』なのかもしれないから。


「少しずれた事を言えば仲間外れにされて、違う事を見たり思ったりすれば『変だ』と言われる。」


きっと私の思考回路が捻くれてるだけなんだ。
きっと私が『普通』じゃないんだ。

昔は少なくともそう思って済ませてきた。


「あるいは『普通じゃない』という言葉で虐(しいた)げられる。でも……。」


でも、いつからか疑問に思った。


「『普通って、何?』」


その基準は曖昧かつ抽象的。
一時的な上一面的でもあり一方的。
永続的でもなければ客観的でもない。


「『普通』って皆よく言うけど、何が普通で何が普通じゃないのか。」


絶対的ですらないし普遍的でもない。
暫定(ざんてい)的なものであって、僅(わず)かに時が過ぎればすぐに移り変わってしまうものだ。


「誰が決めたのかも分からない。そんな基準じみた物に振り回されてる。」


今、自分は一体どんな顔をしているのだろうか?

こんなズレた考えを吐露(とろ)している時でさえ、私は体裁(ていさい)を気にしているのだ。
私に染み付いてしまった思考なんだ。
仕方ないと思えてしまう。
そんな自分も嫌だというのに……。


「そんなの……。おかしいと思わない?」


そう言って亜久津を視界に捉える。

亜久津はいつの間にか新たなタバコに火を付けていた。
コンクリートの床で先を軽く叩いて、灰を落す。
私の意見に何のコメントもしない。
ただ考え込むように黙っていた。
視線は私には向いていなくて、ただ青い空を見上げている。

それでも私は続ける。


「そういう事に疲れた時は、私は逃げるんだ。人と関わらなくていい場所に。」


隣には、タバコを吸い続ける不良。
それでも教室にいるより、何倍も楽なんだ。


「好きにしてろ。」


思いがけない言葉。
こちらを見ずに、吐き捨てるように言われた言葉。
それは逃げてもいい、という事なのだろうか?





宙(そら)へと真っ直ぐ揚がって、空気に溶けていく煙が見える。
この違和感も、それと同じ様に消えてしまえばいいのに……。
決して消せないものなのだ。















あとがき+++

正月ボケ復活第一作が……これ?
えっと……、その……。
愛も恋もありませんね。
無糖もいいところですが、私には理想的だったりします。

途中にある『普通』談議(?)についてですが。
哲学的で分かりにくくてごめんなさい!
碧種の思考回路はあんな風に出来てます故、さんのキャラがスレてしまいました(苦笑)

こじ付けになりそうですが、亜久津の最後の台詞が『愛情』という事にして下さい!


by碧種


04.02.05