たとえそれが0%だとしても
全てが0%だったのなら……



その0%に賭けてみせる










甘いことば










雲に覆いつくされた寒空を見上げる。
今にも雨が降り出しそうな空は、仲睦まじく歩く恋人たちを見下ろしている。


「0%……ね。」


朝の天気予報。

午後から雨が降る確立は80%
最低気温6℃


いつからか、知っているのに願ってしまう事がある。
たった一つの願い。


「ここが東京じゃなければ……。」





叶う事もあっただろうに……。





冷たい空気に、街に溢れるクリスマスソングに。
小さな囁きは吸い込まれて、消えた。


今日はクリスマス・イヴ。

恋人たちの祭典の日。
バレンタインデイと同じ様に、恋人たちは肩を並べて歩く。

私はただ一人、冷えていく手をポケットの中で握り締めて歩く。

誰かに会いに行くのではなく。
誰かを探しに行くのではなく。
誰かが待っているのではなく。

足の向かう先には誰も待っていないアパートがあるだけ。
サンタクロースやプレゼントとは無関係の、一人暮らしの部屋があるのみ。





『もしクリスマス・イヴの日に……』





遠い記憶の中で誰からか聞いた言葉が脳裏を掠める。

それはある種の陰。
夢幻(ゆめまぼろし)と同等の御伽話(おとぎばなし)。
とても甘くも痛いお話。

忘れられない過去の、捨て去れない予言。





それは絶対にありえないのだけど……





『雪が降ったらな……』





人ごみに溢れる、部屋に向かうには通らなくてはならない道。

不意に目の前に現れる長身。
青みがかった少し長めの髪を持った青年。
妙に眼鏡が似合っている人。

避けることが出来なくておもいっきりぶつかる。
人の流れの中に荷物が落ちた。


「すみません!」
「あー、気にせんとき。よそ見しとった俺も悪いし。」


謝ると同時にしゃがんで自分の荷物を拾い始める。
私がぶつかってしまった相手も一緒になって拾ってくれている。

長くて綺麗な指が視界にちらちらと入る。
何かスポーツでもしているんだろう。
少し節の太い指が、肉刺(まめ)のある手が、私に荷物を差し出す。


「コレで全部か?」
「あ、はい。たぶん……。」


返事をしてその人の顔を見上げた。

瞬間、白いものが過ぎる。





ちゃんのこと迎え行くさかい』





「「雪や。」」


あまりにもピッタリ被った声に、顔を見合わせる。


「何や、自分関西出身なん?」


にっこりと笑って聞いてきた青年。
その顔にピッタリの低い声が、雪に騒ぐ街の中で静かに響く。


その表情が、言葉のイントネーションが……。
過去の人と被る。





『待っとってぇな』





関西というカテゴリーの記憶。
それと共に呼び覚まされた関西の言葉。
不意の出来事に驚いた瞬間に表に出た、無意識の……。

だけど確かに潜在していたもの。





「ユウシ君……。」





雪に埋もれた記憶が、雪と共に返ってくる。
雪のようで、でも消えてはくれなかった想いが。

チラチラと舞い落ちる粉雪を目で追う。


「今、俺の名前……。」


足元まで追って顔を上げる。
戸惑っている目の前の青年は、俺の名前と言った。
ハッキリした声ではなかったが確かに言った。


「貴方の名前?」
「せや、侑士は俺ん名前や。」
「オシタリ、ユウシ?」
「何や俺、いつの間にそない有名になったん?」


笑顔で発するのは残酷な現実を予感させる言葉。
キレイに微笑む顔が見たくなくて、地面に目を向ける。

今までとは別世界のような真白な雪が舞い散る、痛いほど冷たい世界で……。





貴方は私を見つけられませんか?




『忘れへんよな?』





「つーのは冗談や。」
「はい?」


さっきとは違う様子の声で言われた。
その変化に思わず顔を上げる。

悪戯っぽい笑顔で私を見てる。

その顔は確かに、過去の人……少年オシタリユウシのままだった。


「自分、やろ?」


突然親しげに、いや昔と同じ様に接し始める。
全く知らない人みたいな態度を取られていたのに、何と言う変貌っぷりだろう。

目の前の彼は呆気にとられて何もいえない私を無視して、勝手に話を進めようとしている。
悲しそうに笑いながら手を伸ばしてきた。


「俺は忘れられんかった。」


伸ばされた指先はそっと髪に触れて、頬に触れて……。
そして肩を強く引き寄せられた。


「本当は探しとった。」
「……。」
「東京ではクリスマスに雪降らへんって知らんかったし、を見つけるんも簡単やと思とった。」


何だか映画のワンシーンみたいだ。

夢のようで、だけど夢じゃなくて。
確かにそこにはユウシ君がいる。


「ずっと、好きやったで。」





『ずっと好きやから』





「なぁ、も俺の事忘れんで待ってたん?」
「……忘れてない。」


悔しいくらい、苦しいくらい忘れていない。

小学生だった貴方が言った言葉の一つ一つを鮮明に覚えている。
貴方が泣きそうな笑顔で触れた指先も覚えている。
小学生だった私が無力すぎてどうしようもなく立ち尽くしたことも。
私が必死になって縋り付いて困らせてしまったことも。

思い出みたいに美化された物じゃなくて、記憶としてはっきりと覚えている。





そして、淡い想いが叶った時には別れが決まっていた事も……。





少しだけ、身体を引き離される。
そこにはやっぱり、泣きそうな顔で微笑んでいる彼が居た。


は……俺の事どう思とるの?」


きっと自信がないんだろう。
私がそうであったように、傷つくことを怖れているんだろう。
誰だって傷つきたくはないから……。

ちょっと自由になった手を、彼の顔に伸ばす。


「好きだよ。」


冷たくなっている頬に手を添えると、はにかんだ様な笑顔が返ってくる。





0%の寒空からの
最高のクリスマスプレゼント










Merry Christmas !!

and A Happy New Year !















あとがき+++

もう既にクリスマスからだいぶ経っている事は見逃してやって下さい(苦笑)
ただ単に、間に合いませんでした(申し訳ない(汗))

忍足侑士くんご待望のラブロマンスです(笑)
最初の方に"0%に賭ける"と書きましたが、何が0%かといいますと……。
クリスマスイヴ&クリスマスの降雪確立です。
過去20年連続で東京では雪が降っていないそうで……。
まぁ、今年も降らなかった訳ですが……。

地球温暖化は恋人たちの夢も奪う?!ってなノリで(笑)

皆様良いお年を〜。


by碧種


04.12.29