皮肉にも晴れ渡った空
真っ青な空に白い雲

昨日の名残などひと欠片(かけら)も残さずに……










うたごえ 2










すっきりと晴れ渡った空の下、テニスコートに小気味のいい音が響く。
昨日の雨が嘘のようだ。
午後にはコートもすっかり乾き、練習が始まった。


「長太郎ー。」
「……。」


宍戸が反対側のコートから声をかけたが、反応が全くない。
仕舞いには空を見上げてしまい、心ここに在らずだ。

朝の爽やかな空気の中、このコートの中だけ練習が始まっていない。
右隣では向日と忍足が、左隣では樺地と芥川が打ち合いをしている。
リズムよくボールが跳ねている音はその両隣から聞こえてくる音だ。


「おーい。ちょーたろー!」
「……。」


これじゃ練習にならねぇ。

そう思った宍戸はコートから出て、ベンチに座っている跡部に声をかけた。
跡部はずっとベンチに座って様子を見ていた。


「跡部。」
「なんだ宍戸。」
「ちゃんと見てたなら俺が何言いたいか分かるだろ?」


コートに一人取り残された鳳はと言うと……。
一人物思いに耽(ふけ)っているようだった。


「おい、鳳。」
「……。」


跡部に声を掛けられても反応がない鳳。
跡部の隣で宍戸も困っている。
その場で二人は思った。

コイツをどうしろと?!

宍戸の肩を持って跡部はコートの外を向く。
肩を組んだまま二人でこそこそと話す。


「おい。鳳に何があった?」
「知らねーよ。練習が始まった時にはこうだった。」
「昨日何があったか知ってるだろ?アーン?」


昨日……。

その言葉にすばやく反応したのは鳳だった。
ラケットを持ったままコート外に出てしまった。

そうだ。
あの人が居たのはつい昨日の事なんだ。
探してみよう。

そう思い立った時にはもう動いていた。


「先輩、すいません!用事思い出したんで早退します!!」
「は?」
「あ?」


驚いている宍戸と跡部を尻目に、鳳は走り出した。





何も考えないまま部活を飛び出して、辿り着いたのは音楽室だった。

本当に何も考えていなかった。
だから正直、ここに辿り着いたときには驚いた。

教室の中央にはピアノが一台。
それ以外には机が並んでいるだけだ。

部活をサボってここに来るのは命取りだ。
顧問の榊先生のテリトリーだから。
部活に来ていない時は、ほとんどの場合ここに居る。


今日は確か居なかったけど……。


まあいいか、と思って目の前のピアノを見る。
手が疼(うず)いてくる。
昨日あの人が歌っていた歌は覚えている。


「こんな…だっけ?」


鍵盤に手を置いて、一音一音確かめるように弾く。
途切れ途切れにしか聞こえなかったところは創作して、伴奏も付けてみたりして……。

何となく、こんな曲だったんだろうという物を作ってみた。

あの引き込まれるようなメロディーに似たものは出来た。
でも、何か物足りなかった。
ピアノの澄んだ響きも、あの人の声には勝てない。


「いい音だね。」
「え?」


不意に背後から声を掛けられた。
その澄んだ声には聞き覚えがあった。

そうだ。
つい昨日聞いた、あの声だ!

振り返ると、開けっ放しだった音楽室の入り口にあの人が立っていた。
彼女が俺の居る方に近付いてくる。
優しい笑顔を浮かべながら……。


「今弾いてたのって、私が唄ってた唄をアレンジしたものかな?」
「アレンジって言うほどかっこ良くないです。想像して弾いてみただけですから。」


鍵盤から目を逸らすと、ふと彼女と目が合う。
その目は好奇心でキラキラしていた。


「すごいね!結構中(あ)たってたからあの唄を知ってるのかと思った。」
「いや、全然知らなかったです。ただ、雰囲気で邦楽じゃないとは思ったけど……。」
「へぇ。音楽好きなんだ。」
「はい。」


そこで会話が途切れる。
視線は合ったまま、動きも止まったまま。

話題がなくなった訳ではない。
聞きたい事は沢山ある。
でも、そのとき俺に聞けたのは一つだけだった。


「あの……。貴女の名前は?」
よ。君とは趣味が合いそうだね。鳳君。」


口元に手をやって、クスリとさんは綺麗に笑った。

名前を呼ばれてドキッとした。
何で知っているのか、とかそういうことは気にならなかった。
ただその澄んだ声で自分の名前が綴(つづ)られた事で、心臓が止まりそうな気がした。

何も言わない俺を見てさんは眉を顰(ひそ)める。

その様子さえ、少し遠くに見えた。


「鳳君?」
「……はい。」
「大丈夫?」
「…あ、はい。」


何とか返事はしたものの、やっぱりさんの声には勝てない。
きっと勝てない。

ふと何かを思い出したかのようにこっちを向く。


「あのさ……。もしかして私の事、2年生だと思ってる?」
「え?違うんですか?」


今度は声よりも言っている内容の方が気になった。
さんは少なくとも、俺より年上には見えない。
だけど、1年生には見えないから2年生だと思っていた。

2年じゃないって事は……?


「私これでも君より年上よ?」
「え?!」
「宍戸くんと同じクラスですよ〜。」


その言葉で重要な事を思い出した。

そういえば、去年宍戸さんのクラスは合唱コンクールで圧勝だったような……。
ソプラノのソロが絶賛されてたよな……。
俺……二年が歌うとき、保健室で寝てたっけ……?

だから……出会わなかった……?


「ねぇ。」


考え込んでいると、声をかけられた。
先輩は笑顔だった。


「さっきの曲、もう一度弾いてよ。」
「……はい。」


笑顔で答えて白と黒の鍵盤に向かう。
俺の後ろで微笑む女神のために……。















あとがき+++

恥(はず)っ……。
あんたの台詞が恥ずかしいぞ鳳長太郎!!
書いているのは私ですが……。

チョタはですね、どんなに赤面モノの台詞でも真顔で言えそうです。
何かとっても後で見て後悔しそうな感じがします……。

この『うたごえ』ですが、同じお題の『君にしか聞こえない』に続く予定です。
ほんのりチョタが恋しつつあるので続けようかと(笑)
実は逆の順番で書く予定だったんですけどね(苦笑)


by碧種

04.05.15