理由なんてない
そう
この気持ちに
理由なんてないはずなんだ
雑踏のなかで 3
長く続いた文化祭準備も終わり、ついに本番となった。
今日は朝から教室での最終確認と客引きの準備をしている。
結局準備中はずっと先輩に会う機会もなかった。
準備の忙しさだけが原因かと訊ねられれば違うと即答するだろう。
俺は噂が立っているのを知ってから音楽室を避けた。
できる限り宍戸先輩のクラスに行くのも控えた。
それから自分自身のクラスに止まるよう努力もした。
だから会わなかったし、会えなかった。
「鳳の当番は午前で午後はフリーな。」
「分かった。」
「一応午後もその格好のままで宣伝しながら回れよ。」
「……了解。」
クラスはかなり張り切っている。
時期的にハロウィン直後だから、という女の子たちの意見によって内容が決められた。
ハロウィンカフェという名の、ある意味コスプレ喫茶だ。
その所為でクラスメイトたちはそれぞれ奇妙な格好をしているし、内装も相当凝った。
そして俺は……。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「ふっ、二人です!」
「では、こちらのお席へどうぞ。」
黄色い声の聞こえる中、黒いマントで接客中だ。
要するに、ドラキュラ伯爵。
女の子が沢山来る中に先輩の姿は見えない。
密かに先輩の姿を探しながら、仕事を黙々とこなす。
果てしなく続く長い行列は、どんなに必死に捌いても途切れる事はなかった。
「鳳!」
「ん?どうかした?」
「もう交代の時間だし、午後の担当の奴らが来たから休憩にしろよ。」
「わかった。」
クラスメイトからの嬉しい申し出に従って、教室を出る。
とはいっても、格好はドラキュラ伯爵のままだから目立って仕方がない。
どこに行っても女の子が集まってくるから、とてもじゃないけど休憩なんてできない状況だ。
午後も宣伝しながら休むなんて、了承しなければよかった。
大量の女の子たちを捌きながら、自分の浅はかさに今更ながら後悔した。
群がる女の子たちは減る様子を見せず、写真を撮ろうとあちこちから湧いてくる。
もううんざりだ。
絶望感を覚え始めたころ、遠目に先輩の姿を発見した。
先輩は俺の姿を捉え驚いた顔をした後、微笑んで小さく手を振る。
そんな先輩の姿を見た瞬間、一も二も無く駆け出していた。
そして、先輩の横を通り過ぎる瞬間に、一言囁く。
「音楽室で待ってます。」
「え?」
何が起きたか分からず、必死で追いかけてくる女の子たちを撒く。
そのまま足を緩めずに音楽室に向かった。
いつも先輩と会っている音楽室は、文化祭当日の今日、使われる事なく放置されている。
後ろから誰も付いてきていないことを確認してから、静かに音楽室へ入った。
まだ先輩がいないことを知って僅かに落胆する。
目立つ為にしか役に立たない黒いマントをピアノの前にあるイスの背もたれに掛け、俺自身もそれに腰掛けた。
目を閉じて聴覚だけに集中すると、遠くからゆっくり近づく足音が聞こえる。
ローファーの踵が床を叩く音が廊下に響く。
音楽室の前でその足音が止まり、俺は確信を持った。
振り返るのとほぼ同時に扉が開く。
「先輩!!」
「久しぶり。さっきは鳳君が急に走ってくるから驚いちゃった。」
嬉々として振り返ると、そこには先輩の微笑があった。
暫く見ることのなかったその笑顔は相変わらず優しく、澄んだ声も相変わらず心地良く響く。
「驚かせてしまって、すみません。」
「ううん。気にしなくていいよ。」
「……じゃあ、気にしないことにします。」
にっこり微笑む先輩に負けて、謝るのを止めた。
いや、先輩の笑顔じゃなくて、会えて嬉しいという俺の気持ちが謝るのを止めさせた。
笑顔を絶やさない先輩と俺は、昼休みの時間中話し続けた。
文化祭準備中にあった出来事。
部活中や、クラスでの出来事。
学校外でおきた出来事。
会えなかった時間を埋め合わせるように話した。
ただただ先輩といられる事が嬉しかった。
時折、自分の名前がその声で紡がれるのがくすぐったかった。
嬉しくて、嬉しくて、仕方がなかった。
深い意味はない
複雑な理由だってない
ただ……
貴女といることが
俺の喜びとなる事だけは確かなんだ
この感情の名を
俺は知らないけれど……
あとがき+++
さっき気づきました。
とても恐ろしいことです。
この連載、始めてから二年も経ってるんですね(汗)
いい加減終わらせないと、文体も統一されてないし、書きたいこと忘れそうです。
そのうえ閲覧者様に見捨てられそうです(苦笑)
なので頑張って終わりの方向へと持っていこうかと思っています。
一応、「雑踏の中で」は完結で、次に繋げます。
この次である「届く声」もたぶん短め。
最終となる「うた」がやや長めとなる予定です。
まぁ、予定は未定(笑)ですが……。
by碧種
06.10.22