聖夜に起こる奇跡を
貴女は
信じますか?
メリークリスマス
その瞬間、俺は闇を見ていた。
次の瞬間、無性(むしょう)にに逢いたくなった……。
「……。」
名前を呟く。
何度も何度もしてきた行為(こうい)。
でも今はもう、返事をしてくれない。
返事をしてくれる相手は今、この世にいないんだ。
でも…逢いたい……。
居ても立ってもいられなくなって、外へ出る。
外はコートを着ていても寒かった。
クリスマスソングと、大量のイルミネーション。
腕を組んで歩くカップル、並んで歩く家族。
そうか……。
今日は、クリスマスイヴだったのか……。
俺の刻は止まったままだ。
11月18日に止まったまま。
一秒も動いていない……。
が居なくなってから、止まり続けてる……。
商店街で一際大きなクリスマスツリーの前で足が止まる。
丁度商店街の真ん中辺りにあるそのツリーは、誇らしげにそこに立っていた。
去年と同じように……。
『来年も、このツリーの前で待ち合わせだよ!』
楽しげに言う彼女の姿が脳裏を過ぎる。
去年の事を思い出して、止まっていたはずの涙がまた溢れる。
それは静かに頬を伝い、地面に消える。
その儚さがまた、涙を誘う。
次から次へと涙が溢れる。
ツリーを見に来た多くの人の視線を集めてんだろうな。
でもそんな事は気にしてられねぇ。
止まんねぇ……。
止まんねぇんだよ……。
ツリーから目線を外さずに、呼吸一つ乱さずに涙を流す。
その宍戸の姿は、大衆の視線を集めていた。
「あれ、宍戸……?」
「岳人、話しかけたらあかん。」
「解ってるよ、そんくらい。」
その中には氷帝の仲間たちも居たが、誰一人として話し掛けようとはしなかった。
みんな、知っているから……。
どれだけ宍戸が苦しんでいるか……。
「……。」
また、小さな声で呟く。
人の波が動いていく中で、一人だけ立ち止まってツリーを眺めている。
ただ呆然と、何かを待っているかのように。
待っても、思う人はどこにも居ないというのに……。
何時間そこに立っていただろうか……。
不意に、温かい風が吹いた気がして後ろを振り返る。
沢山(たくさん)いた人々は、それぞれの帰るべき家に帰り、またはそれぞれに向かうべき場所に向かって、既にこの場にはいなかった。
振り返った先には、何もなかった。
なのに……。
『りょ……う?』
声が聞こえた気がして……。
もう一度振り返ると、確かにそこにいた。
『亮。』
確かにそこには、彼女が居たんだ。
「どうして泣いてるの?」
「……っ……。」
生きていた時と同じ……。
白い肌と、黒い長い髪と、茶色の瞳で俺の前に立っていた……。
「どっ……して……。」
「泣くなんて亮らしくないよ。」
微笑みも、声も、何もかも変わらない。
この手で触れられない事が、彼女の存在を否定する。
確かにそこに居るように思えるのに……。
確かにそこに見えているのに……。
「そっか……。」
呟かれた言葉は絶望じゃなかった。
でも、全てを認めてしまうみたいで嫌だった。
立っている事が急に辛くなって座り込む。
これで、の表情は見えなくなった。
「そうだったね。」
白い息が、俺の顔の辺りを覆う。
の息は、白く染まっていなかった。
無言で涙を流し続ける。
悔しくて、悔しくて……。
「私……。」
その言葉が聞きたくなくて……。
否定したくて……。
でも、何も言えなくて……。
「死んだんだ。」
「っ!!!」
「ーーーーーっ!!!」
事は一瞬。
信号無視したトラックが、横断歩道を渡っていたを轢(ひ)いた。
いつも別れる横断歩道で、信号をしっかり見て渡ったのに……。
何でだけ……。
何で?!!
彼女は後頭部を打って即死。
悔やんでも悔やみきれない。
それと同時に、時間が止まった気がした。
「でも、今はちょっと幸せ……かな。」
「何っ…言ってんだよ。」
自分の息だけが異常に熱く感じられた。
悔しいのか、苦しいのか、悲しいのか……。
全然分からないけど……。
が幸せだって言うのは、おかしい。
「だって亮に今、逢えてるんだよ?」
「そんな事……。」
生きていれば毎日だって逢えたのに……。
それなのに……!!
「キリスト様に感謝だね。」
「何でっ、だよ。」
すっきりとした様な声で言う。
どうして?
何で?
そんな疑問の言葉しか思いつかない。
喉が焼けるように熱い。
「今は、12/25の00:04らしいよ。」
キリスト様が逢わせてくれたとでも言うのかよ!!
神様なんざ信じねぇ。
は観覧車にある電光掲示板の時計を見て言った。
本当に見ていたのはそこかどうかは分からない。
もっと遠くを見ているようにも見えた。
「クリスマスに好きな人と一緒に居られるなんて、幸せだよ。」
優しい声。
表情を見たくなって、顔を上げる。
優しい笑顔。
その顔を見て、更に泣きたくなる。
の手が顔に近付いてきた。
触れられるはずもないし、体温があるわけもないのに……。
それでも温かさが伝わってくるような気がした。
「シンデレラは12時までだったけど……。私はあと少しみたいだ。」
「……。」
の腕が俺の頭を抱え込んだ。
はっきりしていたの姿は、段々と空気に溶けていく。
「……だ。」
「私の事は……。忘れちゃって良いから。」
そんな事、出来るはずないのに……。
嫌だ。
忘れたくない。
「…ゃだ。」
「苦しむくらいなら、忘れて。」
「嫌だ!!」
どんどん存在が消えていく。
逝かないで欲しい……。
ずっと側に居て欲しい……。
「逝くっ…なよ。」
そんな願いは届かなくて……。
彼女は綺麗な笑顔を残して消えてしまった。
また悔しさだけが残って……。
涙が止まるまで、クリスマスツリーの前で時を過ごした。
「宍戸さ〜ん。」
「おう。」
あの日から丁度2年。
俺は氷帝学園高等部に進んでいた。
今でもテニスはやめていない。
今年の春から長太郎も高等部に来て、また一緒にテニスをやっている。
時は、確実に流れている。
「ラケットは?」
「ちゃんとありますよ。」
そして……。
今年もまた、この季節がやってきた。
「長太郎、今日はわりぃーな。」
「良いですよ、午前中くらい。」
今日は、12月24日……。
クリスマスイヴ……。
去年も午前中は、長太郎とテニスをやった。
「俺からでいいんすか?」
「いいぜ。」
今は8時過ぎ。
彼女が居る長太郎に、無理を言って来てもらった。
ウォーミングアップ程度の、打ち合いをする。
余裕があるらしい長太郎は、数日の事をネタに話し掛けてきた。
「宍戸さん。」
「あ?」
「何でこの前の娘、振っちゃったんですか?」
何も言い返せない。
未だにのことが忘れらんねぇー、なんて……。
激ダサすぎて…言えねぇよ。
昼過ぎまで長太郎とテニスやって、別れた。
昼から夕方までは家で大人しくしていた。
六時過ぎに家を出て、商店街へと向かう。
『来年も、このツリーの前で待ち合わせだよ!』
その言葉は、三年前のクリスマスイヴに言われた言葉……。
二度と聞くことの出来ない言葉、声。
分かっていても、毎年来てしまう。
この場所に……。
「……。」
商店街で一際大きなクリスマスツリーの前で足が止まる。
丁度商店街の真ん中辺りにあるそのツリーは、誇らしげにそこに立っていた。
三年前も、二年前も同じように……。
だからといって、が来るわけではない。
もう、消えてしまったのだから。
どんなに想っても、は還ってこない。
どんなに願っても、は戻ってこない。
二年前にここで大泣きしたことは、今でも鮮明に覚えている。
俺の足は、別の場所に向かう。
町のはずれにある墓地に……。
の墓の前に行って、しゃがむ。
昔、あいつが好きだと言ったスウィートポテトを供(そな)える。
『クリスマスに好きな人と一緒に居られるなんて、幸せだよ。』
あの言葉が忘れられなくて、去年も同じ日に来た。
命日でもなくて、誕生日でもなくて……
クリスマスイヴからクリスマスに移り変わるこの瞬間に……。
これで……お前は幸せなのか?
本当に……?
「……。」
今年もまた……
一筋の涙を流す……
あとがき++++
宍戸さん初夢にして死モノ。
突発的季節モノ。
思いついたのは9月下旬……。
救われなくって、とってもとってもゴメンナサイ。
でも、こういうのをとっても書きたい気分なのです。
クリスマスイヴに、ごめんなさい。
長いから二つに分けよかなぁ、とか思いつつ分けようがなかった。
長くて重くて、話の内容も重くてごめんなさい。
そういえば、長さが過去最高記録更新?(あと少しで8キロバイト……)
by碧種
03.12.24