どうしても
君への想いが断ち切れないんだ……
消えない想い
一面ガラスの窓は南向きだから、この時間になると明り取りとしての役目を果たさない。
赤ともオレンジとも形容し難い太陽は、今ここからは見えない。
西日が差し込むロマンチックな教室とはならないと知っているから、私は電気を点けた。
今から私の時間が始まる。
自分の席ではない椅子をそっと引き、静かに座った。
それから勉強用ではないノートの新しいページを開き、シャープペンシルの芯をカチリと出す。
"君が好きだよ。"
何よりも今、一番欲しい言葉を一字一字丁寧に書いた。
その言葉を目で追って、あの人の声を思い出す。
『君が好きだよ。』
それは私じゃなくて、私の友達に向けられた言葉。
そして、私には向けられることのない言葉。
私より可愛くて、綺麗で、素敵なあの子。
私は一生あの子には敵わない。
「泣いて止めればよかったのかな?」
今更の独り言。
ため息のおまけ付きで口から零れた。
あの人だけは止めて!
あの人だけは奪わないで!
あの人だけは……。
あの人だけは……。
蛍光灯の光で煌々と照らされた教室の中で、文字を書き綴る。
"大好き"
"愛してる"
"ずっと側に居て"
続けて書いた言葉は宝石みたいにきらきら輝いていた。
だけど手を伸ばしても、私には手に入れられない言葉だった。
素敵なあの子の為に輝く言葉たち。
きらきら
きらきら
きらきら
その耀きに目が痛んだのか、涙が溢れてきた。
急いでノートを鞄に仕舞って席を立つ。
椅子が床を傷付ける音も気にせず、鞄ごと窓際へ移動した。
一人泣きじゃくる私は、可愛くない。
それを知っていても、涙は止まらなかった。
「何してんの?」
窓際で泣き続けていると、人が来てしまった。
その人こそ、涙の原因である向日だった。
私の背後まで近付く足音が響く。
「?お前、泣いてんのか?!」
「何よ……。放っといて!」
「友達が泣いてんのに放っとけるか?」
嗚呼。
友達じゃいられない私の気も知らないで、愛しい人は言う。
"友達"と。
「トモダチなら放っといて。」
愛してくれるなら傍に居て
出来る限り冷たく言ってみた。
そんな私を訝しげに見て、向日は何か言いたそうに黙り込む。
「愛しの彼女が待ってるんでしょ?さっさと行きなよ。」
「そりゃ……そうだけどよ。」
歯切れの悪い言葉が癇に障る。
向日が愛しの彼女を放って置くことはない。
放って置いてくれたらどれだけ嬉しいだろう……。
ましてや、トモダチである私の方が大切、なんてことはないのだから……。
お願いだから期待させないで。
「早く行きなって。」
軽く期待してしまう自分の気持ちを抑え込んだ。
同時に本当の願いを飲み込んで、精一杯笑顔を作った。
どんなに私を心配しても、結局は彼女のもとへ行ってしまうんでしょ?
そういう向日の残酷さも一途さも知っている。
だからこそ私は、期待しないし、求めない。
誰よりも向日の事を理解している自信があるから、絶対に言わない。
何か不満気な、ムッとした表情のまま、向日はため息を吐いた。
「どうせ俺は頼りないよな。」
「……そんな事言ってないよ。」
「じゃあ、何では俺を頼んないの?」
「それはっ……。それは……。」
それは、私が貴方を好きだから。
言っちゃいけない言葉が脳裏をよぎる。
高ぶった感情と共に上がった熱が判断力を弱めるけど、どうにかそれを言うのだけは思いとどまった。
思いとどまった代わりに、必死で次の理由を探す。
私が向日に頼ってはいけない理由だ。
「それは……。あんたを頼るべきなのは私じゃないからよ。」
「何、訳分かんねぇこと…。」
「私じゃなくて!!………彼女さんでしょ?向日を頼るべきなのは。」
語気を強めたのは、強く否定しないと寄りかかりたくなってしまいそうだから。
はっきりと向日に頼るべき人を示したのは、彼の溺愛するあの子の事を出すと彼が黙り込むのを知っているから。
咄嗟に思いついた言い訳は、私自身が思っていた以上に説得力を持っていた。
彼女持ちの男を頼れるわけ無いでしょ?
だって最終的には彼女を優先するんだから……。
軽く息をついた後、改めて向日を見た。
その時見てしまった表情は、なんとも言えない哀しい表情だった。
「にとって……俺ってその程度だったんだな。」
「何言って…。」
「俺は彼女ができたぐらいで友達のことも考えてやれない、そういう男だってことだろ?」
「は?訳分かんない。」
もういいよ、と向日は小さく呟くと、覇気の無い背中を見せたまま出て行った。
その背中が見えなくなるまで見つめて、私は呟く。
「何であんたが泣きそうなの?」
泣きたいのは、私だ。
向日のことが好きで好きで好きで……。
向日が好きなのはあの子で……。
向日はあの子のことを誰よりも一途に思っていて……。
そういう事を理解していても、断ち切れない想いだから……。
私はまた、一人涙を流す。
あとがき+++
久々に単発モノです。
そして久々の悲恋です(笑)
今現在、ちょっとプライベートで混乱中なのでこんな話にっ!!(泣)
友達と恋人、どちらを優先するかは人によってかなり違うようです。
その上、複雑怪奇な事情が絡んでくるモンです。
この時の向日的には恋人より友達だったようで(笑)
まぁ、なかなか複雑なものですね。
by碧種
06.09.03