さあ、追いかけよう
遠く離れてしまう前に
取り返しがつかなくなる前に
仲良し
鈍い、金属の擦れる音がする。
染まり始めたばかりの夕日の赤が、暗い階段に差し込む。
その向こうにあるモノに確信を持てずに、それでもゆっくりと扉を開けた。
「跡部か?それとも樺地?」
夕日に解けてしまいそうな後姿。
だけど私が間違えるはずもない。
その後姿が誰のものかなんて、凝視しなくても分かるけど……。
夕日の眩しさに目を細めた。
ソイツは振り返りもせずに話し続ける。
「まぁ、誰でも良いや。俺、今日、部活でないから。」
屋上の回りにぐるりと張り巡らされたフェンスから外を見ている。
その視線を外そうともせずに、ただ誰だか分からない人間に話しかける。
もちろんそれは、跡部でもなく樺地でもなく私なのだが、アイツは気付いていない。
「荷物は後で取りに行くしさ、今は放っといてくんない。」
閉める事もせず、空けたままになっていた扉を閉じる。
もう一度起きた扉が動く音に、ピンクの髪が動く。
動きで揺れた髪がもう一度まとまったとき、驚きの声が上がった。
「っ!!?!」
「何よ、それ。」
そりゃないでしょ、って感じのリアクションに怒りを覚える。
あー、と唸(うな)りながら私から目を逸らす。
こいつ、逃げる気?
行動一つで読み取れる相手の考え。
当然私はそれを阻(はば)むつもりだ。
「俺、部活に……。」
「行かないって、今。」
「気ぃ変わったし……。」
「それはそれは優柔不断ですね。」
「どうせ優柔不断だよ。」
「逃げるの?」
私に捕らえられない様に言葉を継いでいく向日。
そんな事で私が逃がす訳がないのに必死だ。
無意識に口元がつり上がるのが自分でも可笑(おか)しかった。
「だったらなんだよ。」
今にも逆切れしそうな向日を冷静に見つめる。
否定する事から開放された心は、思った以上に軽かった。
軽く、今にも駆け出していけそうな感じがする。
「逃がさない。」
見据えた先に居る、オレンジ色を背負うようにフェンス際に立っている向日。
昼と同じ、読めない表情をしている気がした。
でも、もうそんな事では迷いはしない。
「あんな事しといて、逃げる?」
「それは……。」
「問答無用。全部吐かせる。」
「なっ!」
「さあ、吐け。何であんなことしたの?」
居心地が悪そうに顔を背ける向日。
その行動が後ろめたさからくるのか、何かまた別のものからくるのかは分からない。
スッと息を吸って吐く。
その動きが妙に大きく見えた。
「が……悪いんだ。他人事みてーに言うから、思わず……。」
チラリと盗み見るように私を見る。
瞬間的に目があって、また逸らされた。
「俺は、が……。」
途切れ途切れになりながら、掠(かす)れる声で続ける。
いつものように、もっと、はっきり言ってくれれば良いのに。
目を逸らしたくなるほどの痛々しさで立っている。
無理に言わせようとした事を少し後悔し始めている自分が居る。
「好き、なのにさ。」
一番聞きたくなかった、一番聞きたい言葉。
認めたくなくて、だけどもう認めるしかない。
だって、そうでしょ?
もう、どうしようもない。
もう戻れない。
戻りたくはない。
「だから、何?」
「っ!!これ以上何をっ!!」
「好きだから、何?はっきり言わないと伝わらないよ。言ってよ、全部。」
ここまで来たからには洗い浚(ざら)い吐いていただこう。
今まで散々誤魔化した分も、全て、全部。
察してくれと言わんがばかりに私を見る向日。
「好き、だから…さ。」
「何?」
「〜〜っ!!」
「それで伝わると思ってる?」
これで私が本当に理解していないとしたらおかしな話だ。
だけど態(わざ)とからかう様に訊く。
何か私に言う事はありませんか?
本当に私を好きならば、まだ言うべきことを言ってませんよ。
それじゃあ何も伝わりませんよ。
向日は顔を赤くして睨みあげてくる。
それを笑顔で返すと、向日は意を決したように息を吸った。
「が好きだ。」
「だから?」
「……付き合って下さい。」
「良く出来ました、と。」
にっこりと笑顔で褒める。
さて、どうしようか。
もう既にここまで来ている。
後戻りは出来ない。
それは私も向日も知っている。
後戻りはしない。
これは私の意志で、向日も知らない。
さて、どうしようか。
「そうだね……。私も、とでも言っときましょうか?」
「なんだそれ、こそはっきり言えよ。」
曖昧な答えを返すと、してやったりと言わんがばかりの表情で返された。
極まり悪く感じて軽く溜息を吐く。
こういう、気付いてほしくない時ほど気付かれるんだ。
「私も好きだって事。」
照れくさい様な、なんともいえない気分だ。
夕日がさっきよりも赤に近づいている。
フェンスから離れた向日がゆっくりとこっちに向かってくる。
「じゃあ、これからは堂々と答えられるって事だよな?」
「……何が?」
すぐ側まで来た向日が手を伸ばしてくる。
子ども扱いされるように頭に触れられた。
そして、満足気な笑顔で一言。
「恋人同士ってな。」
そう言った。
あとがき+++
お疲れ様でした(汗)
また思っていた以上に長々と続きましたが……。
どうにかこうにか初ガックン終了です。
普通にタメ口で書いてて大丈夫な人その一って事で、ミソっと言わせずどう個性を出すかが勝負どころですね、彼は。
なかなかそれが難しかったり(実感)
修行あるのみですな(苦笑)
by碧種
05.05.21