ずっと

ずっと


あなたの傍に居たかった










さよならのためのキス










晴れ渡る夜空を見上げる。
野営の一番端で星空を観察していた。

赤い星、白い星、青い星。
様々な星が夜空に浮かんでる。



ちらちらと輝く星は、誰の運命を乗せているのだろうか?



訳もなく想いを廻らせていると、背後に人の気配を感じた。


「何者?!」
「私です。」
「なんだ、子龍殿か。」


敵かと身構えたが、正体は戦友だった。

槍使いの達人である彼は、常に一歩も二歩も私より先を行っている。
しかし、仕官したのが同時期だったためだろう。
いまだに同じ戦場に立って、背中を任せあうことが出来ている。

子龍殿は、いつもと変わらぬ爽やかな笑顔を浮かべて近づいてきた。
幽かな月明かりでも表情が見えるほど近づくと、身長差の所為で彼を見上げてしまう。


「何だ、とは酷い言われようですね。」
「敵の斥候かと思って身構えた直後だったからな。気が抜けたんだ。」
「貴女がそう言うのだから、そういう事にしておきましょう。」
「他にどういう意味があると言うんだ?」


子龍殿の言い様に少しムッとして答えると、彼は苦笑した。


普段と変わらぬ態度。
普段と変わらぬ表情。
普段と変わらぬ仕草。
普段と変わらぬ距離。

変わってしまったのは、お互いの立場のみ。


「そういえば……。この戦場が落ち着いたら、馬超殿の親戚の女性が蜀に来るらしいな。」
「……その様ですね。」
「さぞかし美人だろう、と最近兵舎は彼女の話題で持ちきりだ。」
「……。」


先程まで笑みを湛えていた子龍殿の表情が曇る。
眉根を寄せ、じっと大地を見据えている。

予想外の反応に、私は戸惑った。


『馬将軍の親戚の女性が、趙将軍のもとへ嫁ぐらしい。』


蜀の狭い世間では、そんな噂が一瞬にして広まる。
本人から直接聞かなくとも、大体のことが全ての人に伝わる。

この話題を子龍殿本人に振ったのは初めてだった。
そして私は、子龍殿が嬉々としてその女性について語るだろうと予測していた。

しかし結果は、気まずい沈黙だった。


「子龍、殿?」


恐る恐る問いかけてみても返事はない。
ただ、大地にあった視線を私に向けただけだった。

もう一度字を呼ぼうと小さく息を吸った。
けれど私が声を発するより先に子龍殿が声をあげた。


殿は少し黙ってください。」


意味が分からず、とりあえず子龍殿の顔を見た。
しかしそこからは何も読み取れなかった。
あまりにも様々な感情が込められた表情を読み取る術(すべ)を、私は知らない。

目が逸らせない複雑な表情で、子龍殿は私との距離を詰める。


殿は、その噂が本当だと思っているのですか?その噂を聞いて嬉しかったのですか?」


手を伸ばさなくても触れられる距離で訊ねられた。
今にも泣きそうな、今にも怒りそうな表情で問い詰められる。
それから一息置いて、子龍殿は私の肩を掴んだ。


殿はなんともないのですか?」


私の骨格が軋むほど強く、けれど縋るように弱々しく、彼の手は私の肩を掴んでいた。



問いかけの意味が分からない。
その表情の意味が分からない。
何も……分からない。



混乱する頭で必死に考える。
だけど、考えれば考えるほどに混乱した。


殿……。」


私の字を呼ぶと、子龍殿は綺麗な顔を触れそうなほど近づけた。
私は目を見開くのが精一杯で、ただ、その顔を見つめるだけだった。





確かに、その唇が触れた。





その事実を認識するのに時間がかかった。
そして、その事実を認識した時には、子龍殿は姿を消していた。


「いったい、何なんだ……。」


独り言ちて、唇に指先が触れる。



それは確かに口付けと呼ぶべきものであった。
けれども、その口付けの意味が分からなかった。

私は剣を片手に戦場に立つ女。
彼は実力と婚約者を持つ男。

まるで恋仲とは程遠い関係にあり、つりあいの取れない二人の口付けに、何の意味があるのだろうか?

いくら考えても答えは出ない。
悶々と考え込み、それでも答えは出ない。










しかし
その日を境に


子龍殿は



私の隣で戦うことはなくなったのだ















あとがき+++


初☆真・三國無双です。
んで、初っ端から悲恋です(苦笑)

尻切れトンボみたいな終わり方ですが、これ以上続ける気は無かったり。
続きは皆さんの妄想力で補ってください(笑)


by碧種


05.11.27