大切なものは
指の隙間からするすると


滑り落ちて




消えて逝く










紅い華










最初に分かったのは、声。

歳、と名前を、幽かな声で囁かれた。

次に分かったのは、色。

声の元を辿った。
辿った先には『紅』が広がっていた。

最後に分かったのは、状況。

『紅』に塗(まみ)れた身体。
その身体の持ち主は、今にも倒れそうな弱々しさでそこにいて……。
そこで初めて、彼女が死に掛けていることが分かった。

一気に醒めていく意識と、すぐに彼女に駆け寄る体。


!!」


無意識のうちに彼女の名前を叫んで、考える前に抱き寄せた。
俺らしくない行為に驚きながらも止める術を知らない。
気が動転している所為か、体温が妙に高くなっている気がする。


っ……。」
「ごめっ、……歳。」
「何がだ。何に対してお前が謝る?」


喋るほどに、口から、腹から、紅い紅い血が流れ出る。
傷口を手で押さえても、彼女の表情が歪むばかりでどうにもならない。
震えながら持ち上げられた片手は何かを求めて彷徨って、最後に俺の着物の衿を掴む。

掴むと言っても、強い力ではないので添えられただけだった。

その手を傷口から離した手で握って、冷たくて、どうにも出来ない無力さ。

無力さと焦燥と諦めと。
いろいろなものが心を駆け抜ける。


「ごめん。……後悔、さ、せる……事しか出来なかっ、ゴホッ。」
「喋るな。頼む、。喋るな。」


ただでさえ苦しそうな顔が哀しみに歪められる。
そして精一杯の、彼女の精一杯全力の力で着物が握られる。

力を入れれば傷口から血が溢れる。
声を出せば口から血を吐く。
涙を流せば血が滲む。

その一つ一つに柄に無く、激しく感情を揺さぶられる。


「後悔……を、怖れないで。」


全く宙を見ている彼女の瞳は、徐々に意識が遠退いている事が読み取れる。
周囲の土も、俺たち二人の着物も真紅に染まって、周りの喧騒も消えた。



もう何も出来ない。



彼女も俺もそれを承知で、きっと、それでも抗おうとしている。



何に抗う?



何に抗うかは分からない。
だけど何かに、敢えて言うならば運命と呼ばれてしまうようなものに抗う。


どんなに手を強く握り締めても、奪われていく温かさは取り戻せない。
取り戻せないばかりか冷たさが余計に際立つ。

ふっと、が微笑んだ。


。」
「男前、が………台無し。」
「喋るな。」
「最期……だから。」


そうか……、最期か。

今まで何人もの人間を、最期に追い込んでいったこの俺が……。
俺が怖れたものも、また"最期"だった。

決して自分の最期は恐れていない。
今目の前に居る、今にも逝ってしまいそうな"彼女の最期"が俺の恐れていたものだ。

気が付いてしまって苦しくなる。
自分の首を、咽を、何かが緩々と締め上げていくような感触が強くなる。

いよいよ冷たくなった彼女の手が頬に触れ、はっとする。


「とし?」


とてもゆっくりと発音された俺の名前は、何か別のもののように感ぜられた。

見上げてくる瞳はどこまでも此処には無い。
此処ではなく何処かを見ている。


「ああ、最期かもしれない。」


俺のものではない、彼女の血に濡れた手を見る。
そっと彼女の手から血に濡れた手を離して、彼女の顔が汚れるのも構わず触れる。


「済まない。」


一言発して、彼女の瞳を覗き込む。
声は無かったが口が小さく、違うと言った。

そんな事を言って欲しいんじゃない、と。
謝罪の言葉を望んでいるのではない、と。



ああ、そうか。



ただ一言だ。
彼女と俺に足りなかったもので、彼女が今求めているのは。



「……愛している。」



俺の声が届くと彼女は綺麗に微笑み声無き声で、私も、と言った。















あとがき+++

突発土方夢……。

ありがちなタイトルに凹み。
更に雰囲気重視で、心理描写多めで、解りにくい、と(苦笑)
なので説明をば。


さんは土方の情報収集の手伝いをしている普通の町娘。
互いに惹かれあっていて、しかもそれを知っているにも拘らず何も伝えずに過ごしていた。
ある日長州浪人に屯所に入るところを見られ、数日後に屯所付近で斬られた
急いで屯所に雪崩れ込むとすぐそこに土方を発見。
声を掛けると血相を変えた土方がに駆け寄る……。


とまぁ、これで大体解っていただけるかと……(自信無し)


駄文で申し訳ありませんでした(脱兎)


by碧種


05.10.05