君の笑顔
「……、いいんだ………。お前は、この三百年の間で、ただ一人の、俺の友達だった……。」
俺はもう死ぬことを覚悟して、永らえ過ぎたこの命を……。
俺のただ一人の友達に捧げようと、階段をゆっくりと降りた。
そして、あいつを逃がしウィンディの闇の牢獄に捕まり、洗脳されて……。
自我をなくした器として動いていた。
消えかけている意識を何とか保ち、あいつを救うチャンスを逃さぬように……。
そうしているうちに、あいつ以外にも信じた人がいた事を思い出した………。
そいつは、俺が放浪生活を始めて百年ぐらいのときに俺を見つけた。
そのとき俺は確かに深い眠りに堕ちていたわけではなかった。
「君、こんな所で寝てると狼に襲われるよ?」
「!!?」
声に驚き飛び起きた。
気配がまったくなくて、気付かなかった。
一瞬、太陽の光が眩しくて眩暈がした。
目が慣れて見えたのは、少しウェーブがかった俺と同じ色の髪を紐で一つに結っている女の子だった。
空色と、新緑のオッドアイがじっとこっちを見ている。
ハッとして腰に差している短剣を手に取ろうとした。
「まあまあ、そうカッとならないでよ。別に君に何をしようという訳でもないんだしさ。」
「じゃあ、何のために俺に近づく?」
そう聞かれると彼女は困ったような顔をして、言った。
「いやあね、ただ綺麗な顔で寝てたからどんな奴かなあって…。」
「・・・・・」
「だっだから、悪気はないんだよ〜。」
「………っぷ、くくくくく。」
「?!!わっ笑わなくてもいいじゃないかぁ〜!!」
顔を少し赤くして、嘘を吐く様子もなくそう言う彼女に、思わず笑ってしまった。
そういえば、あの時久しぶりに笑った気がした。
笑う俺に色々言ってくるあいつの行動がさらに笑いを誘う。
楽しかった……。
あの時は本当に楽しかった。
しばらくして、笑いが収まると二人で話した。
彼女の名前は。
詳しくは話してくれないが、十五歳にして一人で旅をしているらしい。
服装は、俺と大差はなかった。
くすんだ空色のマントに、無彩色中心の服。
手袋はしていなかったが、その代わりに手の甲には皮をなめした物を着けていた。
持ってる武器は、短剣2本と細身の剣1本そして弓だった。
しばらくは、一緒に旅をしていた。
いや、いつの間にか一緒に旅をすることになっていた。
一日、三日、一週間、一ヶ月、一年、とずっと一緒にいた。
最初はこんなに長くいて大丈夫か?と思ったけど、実際は救われる事も少なくはなかった。
百年以上も生きている俺でも、地方にある毒草とかは知らないこともある。
そういう時は、が教えてくれた。
「テッド!それに触ったら体が麻痺するよ!!」
「ええっ?!」
弓の使い方はから教わった。
の腕は一流で、どんな小さなものでもどんな遠くのものでも外さなかった。
「やっぱりは上手いな。」
「何が?」
「弓の使い方。」
「教えてあげようか?」
そうやって、二人で助け合って旅をした。
時がたつのも、ソウルイーターの存在も忘れて………。
「テッドは何で一人で旅をしてるの?」
「秘密だよ。」
「じゃあ私も秘密。」
旅の理由を訊くといつも同じやり取りが繰り返された。
それだけが最後の砦だったのかもしれない。
俺との関係を崩さないための最後の砦。
どちらかが話してしまえば、もう片方も話さなくてはいけなくなる、両刃の刃のように。
は、いつも正しい判断をしていた。
とても、何十歳も年下とは思えないほどに。
そう、最後の判断以外は全て正しかった。
一緒に旅をし始めて三年目、運命のときは来た。
その日は雨で、洞窟で野営することになった。
もうは始めてあったころとは違い、綺麗な人になっていた。
「テッド?」
「何、。」
雨に濡れたの髪が、俺の視線を釘付けにしていた。
濡れた亜麻色の髪は松明の光で金に輝き、少女の顔を白く際立たせた。
「何かボーっとしているからどうしたのかなって。」
「いや、別になんでもないよ。」
この時にはもう、テッドの弓の技術はを越えて、知識もを越えていた。
もうここら辺が潮時。
テッドは最近そのことを意識していた。
"三年も一緒にいたから、俺の成長が止まっていることも彼女は気付いているだろう。それに………"
それに、の先にあるのは今までにテッドが感じたことのない感情だった。
愛情………。
それは呪われた紋章を持ってしまったテッドが、絶対に感じてはならないと思った感情だった。
この三年間ずっと、ずっと否定し続けていた気持ち。
"だから今日こそ離れなくてはいけない"
そんな焦りの気持ちに押される一方、"離れたくない"という気持ちも強かった。
だから、自分からが離れるように仕向けなくてはいけない。
どうしても、だ。
「。」
「何?」
笑顔で答える彼女に罪悪感を感じながら、真実を言うことを決意した。
俺の話を聞いたら、きっと彼女は笑顔を向けてくれないだろう。
それでもいい。
彼女がこの紋章の餌食になるよりは……。
「大事な話があるんだ。」
「………。」
は何を察したのか、黙り込んだ。
そういえばこいつは勘が良かったっけ。
俺は俯(うつむ)いて自分の足を見る。
この足もいつまで地に付いているだろうか……。
「俺が何で旅をしているか、それは……。」
「言わないで!!」
「え?」
びっくりして顔を上げると、の泣きそうな顔が目に入った。
なんで、そんなに泣きそうなんだ?
「私、見ちゃったんだ。」
「え?」
何を言い出すか分からない彼女に意識を集中していた。
何を見たんだ、いったい何を……。
「君の……右手。」
「!!」
いつの間に見られたんだ?
それよりも紋章の意味が分かってしまったのか?!
「それ、ソウルイーターだよね?」
「何で……それを……。」
「私が……。これを付けてる所為よ。」
の右手にあるのは黒い痣だった。
その痣はゆらゆらと動いているように見えた。
「支配の紋章ブラックルーン。」
「何でそんなもの…」
君が付けてるんだ?!!
そう言いたかった。
むしろ、彼女が誰かに支配されているという事が許せなかったのかもしれない。
「あなたを狙っている魔女に付けられたの。でも私はなぜかずっと自我を保っていられた。」
「・・・・・・」
「それに腹を立てた魔女は私をよく知らない所に放り出した。それがテッドに逢う一年前だった。」
俺には何も言えなかった。
がもしかしたら敵だったかもしれないという事実。
信じたくないのと信じられないのとで混乱していた。
「私はその後、一年間で武器を揃え、野山での生き方を見つけて………。苦しい生活だった。何度も死にたいと思ったし、とても心細かった。そんな時間も、テッドに逢って変わった。死にたいと思うことも無くなって、紋章の疼きも無くなって……。むしろ一緒に生きて行きたいと思った………。本当に楽しかった。」
にそんな闇の部分があったなんてこれっぽちも知らなかった。
知っていたら救いたかった。
何があっても守りたかったのに……。
「でも。一緒にいるうちに偶然見てしまったのよ。あなたが手袋を外している所を………。」
「・・・・・・・・・・・・・」
二年目になるくらいの頃だろうか、右手を怪我して………。
あの時だけ手袋を外した。
「見た瞬間ドキッとした。もしも私が魔女と繋がっていたらどうしよう。テッドから紋章が奪われたらどうしよう。って。」
「・・・・・」
自分のことではなく俺のことを心配するなんて……。
の優しさに、真摯(しんし)さに……。
たぶん俺は癒されて、好きになったんだ。
誰も信じられなくなった俺を救ったのはの笑顔だ。
俺がを救ったんじゃない、俺がに救われていたんだ。
「でも、今まで何も無かった。それに私はテッドから離れたくなかった。」
そんな事言ってもらう資格無いのに……。
今まで、百年ちょっと流してなかった涙が流れた。
も涙を流していた。
でも、呼吸も声も乱さずに言った。
「だから大丈夫だって、言いたくって。ねえ。」
「ぅっく………。」
「でもさ。ダメなんだ。」
「?」
が何を言っているのか解らない。
解りたくない。
「ソウルイーターに気付いてから少しずつなんだけど、あの魔女の声がするんだ。『どこにいる』って。だから、わたしが支配される前に殺して……。」
「……ヤダ……。」
自分で殺すことなんか出来ない。
ソウルイーターの力を借りるのも出来ない。
そんな俺にどうやって殺せって言うんだ。
「俺からっく、離れれっばいいだけっ…だろ?なあ……ぅっく。そうだって言えよ……。」
「ダメだよテッド。私の中にはテッドの記憶がいっぱい残ってるから、死なないとダメなんだよ。しかも、カラダに記憶が残らない形で……。そうするには………方法は一つしかないでしょ?」
そうするには、ソウルイーターを使うしかない。
魂を全て吸い取る紋章だから、本当に全て吸い取ってしまうから。
「解らない。」
いや、解りたくない。
これがエゴだって事も、甘えだって事もよくわかってる。
でも、殺したくないんだ……。
死んで欲しくないんだ……。
「解ってるんでしょ!!?私は君から離れたくないの!!だから、そのためには君の紋章に魂が吸い取られれば…………。ねえ?一緒にいたいんだよ…。ダメなの?一緒にいさせてよぉ……。」
そう怒鳴られて、でも、いやだ……。
好きだから殺したくないし、好きだから一緒にいたい。
でも、どちらかしか叶えられない……。
「テッド。」
の右手が俺の右手に重なって、紋章が熱くなる。
そういえば、この三年間魂を一つも与えていなかった。
だから飢えているのだ。
の左手には短剣が握られていた。
しかし、その剣が を傷つけることは無かった。
の右手に力が入り一気に引っ張られた。
「っ!!!」
「あっ!!!」
一瞬の出来事だった。
戦争中の帝国の近くの森だったことを忘れていたのが運の尽きだった。
洞窟の入り口に背を向けていた俺が気付かないうちに、外から矢を放たれたのだ。
その矢は俺を抱くようにして庇ったの左鎖骨に深々と刺さっていた。
そこからは真紅の血が流れ出していた。
「!!!」
からの反応は返ってこない。
「くそっ!!」
一言吐き捨てて洞窟の外に出た。
二十人あまりの兵士が剣や弓や槍を構えていた。
「よくもを……。」
周りの兵士たちが何か言っているがそれも聞かずに右手の手袋を取った。
そして、兵士たちのほうに右手を出してソウルイーターを発動させた。
怒れるままに。
「我が身に宿る紋章よ、その力を示せ!!!」
夜の闇より暗い何かが兵士たちを包む。
涙を流しながら鬼人のごとく紋章を発動させたテッドはすぐに中に戻った。
「テ……ッド?」
「!!?大丈夫か?」
はどこか遠くを見ているようだった。
「やっぱり……、か……。テッド、早く………ソウルっイーターを……」
宙を彷徨うの手をしっかりと捕まえた。
の服は赤く染まり、顔の色は真っ白だった。
「……、好きだよ。ずっと……。」
今まで胸の奥で隠していた思いが爆発した。
それを聞いたはいつもの気丈な笑顔で答えた。
「私だって…っ、負けっ…ないんだ、から。」
右手のソウルイーターが疼く。
もうはだめだという様に……。
「好き…っだったよ………、テッド…………。」
そう言ったっきり彼女は何も言わなくなった。
洞窟には押し殺した泣き声が響くばかりだった。
俺は、の使っていた弓を手にして、遺体を森で一番眺めのイイ場所に埋めた。
「さよなら。」
そしてその後、俺はテオ・マクドール様に拾われ。
親友ができて……。
また楽しい日々を過ごした。
「今度こそ……本当に………お別れだ…………。元気でな…………俺の分も生きろよ……。」
「テッドーーーーーー!!!!」
こうして、俺の三百年の放浪も終わった。
きっとここまで来れたのものおかげだ……。
「テッド?」
誰かに呼びかけられて目を開ける。
そこには居る筈のない人がいた。
「?」
「テッドなの?」
ソウルイーターの中でまた逢えた。
夢かもしれないけど逢えたんだ。
俺の大好きな君の笑顔に。
..........あとがき..........
またしても暗〜い内容ね。
テッド君には幸せでいて欲しいのです。
たとえどんな形でも。
本当はテッド君結構好きなキャラです。
笑顔の裏の暗い過去。
しかもそれを乗り越えていける強い心。
(そういえば)初ですね幻水夢。
ちょっとホロリときて頂けると嬉しいです。
BY碧種
03.?