それでも……

それでも俺は
守りたいものがあるから

失くす事は出来ないから……










それでも










また一つ小さな戦いが終わった。
疲労した兵士たちがキャンプに戻ってくる。
中には、大怪我をした者も居た。


!!」
「シード……。」


覇気の無い顔で彼女は振り返った。

ハイランド王国第五軍副将、
それが今目の前に居る彼女の肩書きだ。
ハイランドで初の女副団長で、相当強い。



そして何より、美しい。



しかし、今の彼女は抜け殻のようだった。


「大丈夫か?」
「全然平気よ。」


誰のものとも分からない血に濡れた手袋を、外して放り投げる。
ベチャ、と嫌な音がしてそれが地面に落ちた。

ふっと笑う声がした。


「見ての通り、私は生き残った。」
。」
「私は、ね。」
。」
「いつも、私だ。」


自嘲気味な声と、泣きそうな顔がアンバランスで怖かった。

触れれば崩れてしまいそうで………。
でも、触れずには居られない儚(はかな)さで……。
あまりにも頼りなくて……。

気付くと腕の中に閉じ込めていた。


「シード?」


ただ消え入りそうな彼女を引き止めたくて。
どうすればいいか分からなくて。

強く、強く抱きしめた。

逃がさないように。
消えてしまわないように。
離れられないように……。


「平気そうじゃねーよ。」


顔は見えていない。
だけど、触れ合っているところから感情が伝わってきそうだ。

それくらい、痛い。


「ふらふらして、見れないような顔して……。」
「うん。」
「無理すんな。」


言葉はもう返ってこない。
ただ、腕の中の存在が確かに震えていた。





冷たい風と空が、暖かかったこの大地が、遠くに感じられた。

そして……。

願わくば俺だけでも……。
俺だけでもコイツの傍にいてやりたい。





そういう思いが残った。










例えそれが叶わぬものと知っていたとして

果たしてそれを捨てきれただろうか?















しっかりとシードの軍服にしがみつく。

背中に回された腕が温かかった。
力の籠った腕は確かなようで、不確かでもあった。



なぜなら私は人の死を知っているから。



想像ではなく、確かな現実として。
葬式のように静かなものではなく、血生臭い事実として。
天に奪われる命ではなく、自分自身が、そして誰かが奪うものとして。

死を知ってしまっているから……。



強く強く、離れてしまわないように握り締めた軍服。
強く強く、背中に回された腕。
強く強く、願う平穏と静寂。










全てが死を以(も)って消え去ってしまうとしても……

果たしてそれは諦めきれるものではない










「私……知ってる。」
「何を?」


柄にもなく震えた声が口から出る。
消え入りそうな声を拾って、シードが優しい声で訊く。

私は確信していた。
昨日今日ではなく、ずいぶん前から。


「いつか……死んでしまう事。」
「ああ。」
「この国が、永遠に眠る事。……それから……何も残らない事。」


悟りが開けるように、確実な未来として知っていた。
どこかでそれを否定したかったけど、肯定する術(すべ)しか持たなかった。

生と死が誰にでも訪れるように。
人には一生はあっても永遠はないように。

戦乱の時代が来て或ものは滅び、或るものは存(ながら)える。

今の戦況で言える事は唯一つ。





滅びるのはハイランドだ、という事……。





まだ不利になったわけではない。
まだ対等に戦っている。
だけど……だからこそ解っている。


「知ってる。」


低い声が囁く。
諦めにも似た音で、知ってると……。


「それでも俺は……。」


風に攫われそうな声。
消えてしまいそうな言葉。


「人の殺し方しか知らないから……。」










そうやって守るしかないんだ

それが正しくないとしても

それしか知らないから……










温かいけど消えてしまいそうなぬくもりを抱きしめる。
冷たい風に晒されて、太陽や月さえも見ていないこの場所で……。





本当に守りたい人に
想いも告げずに



生きろと言った……















あとがき+++

これって……DEEPに入れるべきなのでしょうか?
悲恋な気もするし、友情って気もするし、死夢ではなさ気だし……。

暗いだけ?


シードさん二作目ですが、今回はちょっと趣向を変えて(苦笑)

猛将と言われるだけあって、守り下手なのでは?
寧(むし)ろ守ることを知らないのでは?

とか考えながら書きました。
あと人の命とか。

重っ苦しい話でスンマセン。


by碧種


04.12.20