日々は止まる事を知らない
想いが消え去る事は無い
そう
彼の影は私の日常の隙間に
今でも顔を出すのだ……
Silver Link −After days−
店の入り口から暖かい日が差している。
姉と経営している銀細工の店は結構繁盛している。
昔から変わらないその風景は、時に私を混乱させる。
「さーん!」
こうやって笑顔で入ってくる人を、別の人物に置き換えてしまう。
生活の隙間に時折入り込んでくるアイツ。
迷惑なくらい明るい声と笑顔で来る。
そう、アイツだ。
いや、違う。
「さん?」
「あー、はいはい。いらっしゃい。」
「今日もつれないなぁ。」
今目の前に居るのはアイツではない。
半年位前から纏わり付いてくる青年だ。
何故こんな事になったかなんて覚えていない。
迷惑なくらい毎日尋ねてくる。
ハッキリ言って迷惑なのは、プロポーズをしてくることだ。
そこを除けば好青年だが……。
「さん。」
私が作業をしている正面に座って声をかけてくる。
いつもの事ながらしつこい。
コイツは相当執念深いんじゃないか、と思った。
「俺にしとこうよ〜。ね?」
「残念ながら、私には婚約者がいますので。」
「だけどさー。」
俺はそいつ見たことないし、と子供のように駄々をこねる。
その態度は可愛らしいと思うが、それとこれとは全くの別問題。
ただ……。
そろそろ完全に諦めてほしいものだ。
「君には勝ち目が無いよ。」
突然そう言ったのは私の姉。
外に買出しに行ってきた帰りだった。
入り口から入ってくるなり、紅い花を一輪私に手渡す。
「ほら。いつもの。」
「ありがと。」
素直に受け取る。
作業をしていた道具を片付け始めると、目ざとい青年が話しかける。
「どっか行くの?」
一瞬、答えるのを躊躇(とまど)う。
ほんの一瞬だったけど空気が凍りついた。
少なくとも私の行動が止まった。
説明すべきかどうか、迷った。
そして説明するしかないと思った。
「婚約者に逢いに行くの。」
「え?」
「!」
青年が戸惑う声と姉が制止する声が同時に聞こえた。
だけど私は自分の意思に従う。
「君もついて来る?」
「行く!!」
微笑しながら問うと、すぐに答えが返ってきた。
スッと立ち上がると彼は真後ろについて来た。
店を出て、旧大通りを抜ける。
復興が進んで歩きやすくなった道を踏みしめる。
まだ隣にアイツの笑顔がある。
真っ直ぐ進むと国の中心となっていた城跡が見えてくる。
「さん?どこに……。」
「黙って。」
どこに行こうとしているのかという当然の疑問を一刀両断する。
歩みを止めたくないし、アイツの残像を感じて居たい。
この道を歩くときぐらいは、すぐ傍に……。
どんどん城跡の奥に進んでいく。
二年前に君を連れて歩いた道。
シュウさんに先導されて歩いた道。
それよりちょっと前はアイツに連れられて歩いた道。
もっと前には親に連れられて歩いた道。
今は?
アイツの幻影を連れて歩く道。
遠くに見えてくる整列した白いもの。
近付けば近付くほど純白が目に痛い。
関係ない真っ白な石碑を通り抜けて、奥へと歩んでいく。
辿り着く先は、三つの墓標。
刻まれている銘は、シード、ハーン、クルガン……。
懐かしい響きとともにその場にのみ存在する。
後ろで呆然と突っ立っている青年を尻目に、シードの前にしゃがむ。
真紅に近い真っ赤な花を置く。
首に下げていた銀の御守りを外して、花の横に一時的に置く。
「また、返すね。」
小さな声で呟いて後ろを振り返る。
そこには目を見開いたまま固まってしまった青年が居た。
かける言葉は、一つしか用意されていない。
「彼が私の婚約者、シード。君の何万倍もカッコ良くって、気高くて、強くて、優しい人。」
ここ数日で一番の笑顔を見せ付ける。
いや、ここ数年で、だ。
見惚れるように私を見ている青年。
言葉を発する事を忘れたかのように棒立ちしている。
更に追い討ちをかける様に言葉を付け足す。
「そして……。私が唯一愛した人よ。」
「そう……だったんですか。」
青年は何かを悟ったようだ。
深い何かを。
私はまだ話し続ける。
「シードはねぇ、ハイランドを護る為に死んだの。私は彼のことを誇りに思うし、彼や彼を殺した人を恨む気はない。恨むことは意味が無いって知っているから。それに死んだからと言って全てなくなる訳じゃない。私が彼を想っているし、彼が私を想ってくれていたという事実がある。彼以上に愛せる人が居ないのもね。だから……。」
もう一度シードのほうに向き直る。
銀の御守りを握り締めて言葉を続ける。
「君に勝ち目は無いよ。」
そう。
アイツに勝る人は現れないんだ。
私がアイツを愛している限り。
握り締めた御守りを見ると、中に何か入っている。
「あれ?」
「どうしたんですか?」
「中に何か……。」
言い終わるが早いか、御守りのふたを開ける。
中には確か御札が入っていたはずなのに、他の紙が入っている。
取り出すと、そこには見覚えのある文字があった。
青年が後ろから覗き込んでいるのも気にせずに読む。
へ
今更だけど、ありがとな。
いろいろと感謝している。
本当は言いたい事がたくさんある。
でもそれを書いている時間も今はない。
仕方ないから一つだけ、絶対に変わらないことを言わせて貰おう。
愛している。
この手紙が、無事お前の元に届く事を信じて。
そんじゃ、また会える日まで。
シード
「馬鹿だなぁ。」
そんな事は言われなくても知っているのに、改めて書かれると……。
何だか、とても……。
「泣きたくなるじゃない……。」
手紙が入ってる事に気付くのは遅くなかったと思う。
なぜなら私の気持ちは、一つも変わっていなかったのだから。
真実が一つ増えただけだから……。
「やっぱり……敵わないかなぁ。」
青年の呟きは、古城跡に消えた。
どれだけ年月が経っても変わらないものがあった。
今までも
そしてこれからも……
あとがき+++
ようやく終了です。
この話を書いている間に更にシード夢書きたいなぁなんて無謀な事を考えました(苦笑)
この話のシードがいなくなる前とか、戦争始まる前とか。
いろいろとネタが出来てきました。
そのうち昇華できたらなぁと。
by碧種
04.08.15