どうして彼なのですか?










手触り










新生VOLT'Sによって治められた無限城は、日常を取り戻し始めていた。

日常とは常に有る日々であって、常に在りし日々ではない。
今の日常と過去の日常には必ず相違点が有る。

そして、今回の事件で発生した相違点が目の前に居る。





筧十兵衛(21)

私にとって、この度の最大の変化は彼である。





「ホントに見えないの?」
「ああ。」
「ふーん。」


布が幾重にも巻かれているから、目が見えたとしても見えないだろう。
実際布が無かったとしても、激戦で視力が失われてしまった彼には見えないのだけれど……。

それが解っていながらも、しばらく十兵衛の顔の前で手を振る。

私の行動は見えないことを確認しているというより、自己主張しているといった方が正しい。


「何も見えないのか〜。」
「目では何も見えん。」
「じゃあ、私の美しい姿も愛くるしい行動も、何も分からないのね。」
「そういうことだ。」


ふざけた言葉を訂正せずに、柔らかく微笑みながら私の頭を撫でる。
その手が余りにも正確に頭に向かってきたから、本当に見えてないのか疑いたくなった。
でも、見えていないのは事実。





今、目の見えない彼に、この世界はどう映るのだろう?





「ねぇ。」
「何だ?」
「気配で見る世界は、どんなもの?」


純粋な好奇心半分。
残りの半分は不純な好奇心。

見えない世界が知りたいから訊くのではなくて、十兵衛の世界が知りたいから訊く。
十兵衛以外の誰かが視力を失ったとしても、その世界に興味は持たないだろう。

そんな私の気を知らないであろう十兵衛は、私が予想していた以上に真剣に考えている。
無言で、彼なりに必死に考えている。


感覚の話だから人に説明するのは難しいだろう。

そんな事は分かっている。
分かっているけど、でも……。

それでも彼の世界を知りたいと思うのは、迷惑だろうか?



暫く考え込んでいる様子を観察していると、不意に十兵衛が口を開いた。


「真実が……見える。」
「真実?」
「そうだ。まだ分かり始めたばかりだが、真実が見えてくる。」


そう言った彼の瞳が、しっかりと私を見ている気がした。

本当は布の奥にあって、直接的に物を見るはずの無い瞳が見ている感触。

その感触を完全に理解することは不可能なのだろうけど……。
彼以外の人間には踏み入れる事の出来ない領域なのだろうけど……。

それでも少し距離が縮まったような気がして、嬉しかった。


「じゃあ、十兵衛には何でもお見通しか。」


笑いながら言ってみた一言。
冗談半分で、あえて重い意味を持たせなかった言葉。

それが十兵衛の動きを止めた。
私の頭を撫でていた手がピタリと止まって、見えない瞳がじっと私を見つめている気がする。
居た堪れないというか、照れくさいというか、なんともいえない気持ちでその状況をやり過ごそうとした。


「そうだな。」
「な、何?」
の好意は見えやすい。」


そう言うと共に、するりと手が滑り落ちてきて頬に触れられる。
笑みを濃くするその顔を見つめていると、そっと目じりに口付けられた。
顔が急激に温度を上げるのを感じて目をそらす。
すると十兵衛は、まるで花月さんが乗り移ったかのように、クスリと笑った。


「本当に、見えやすい。」
「そんな事っ……。」


ないでしょ、と言いかけた口は、頬への口付けで止められた。


「ちゃんと、見えている。」


恥ずかしさと照れくささのあまり声が出ない。
私が沈黙している間も、十兵衛の行動は止まることをしなかった。

少しずつ頬から唇に移動していく口付けを止める術を、私は持っていない。


……。」


唇に口付けて、満面の笑みで私を見つめる十兵衛。

どこか彼らしくない愛しい表情に、思わず十兵衛の背中に腕を回す。
十兵衛の温度に触れて、不意に十兵衛に逢えなかった日々を思い出した。


「十兵衛。」
「何だ?」
「居なくならないよね?」
「……あぁ。」


この幸せな瞬間が、永遠になれば良いと思った。

この先彼が、新生VOLT'Sの為に身を粉にして戦うことは解っている。
それでも十兵衛は私の目の前から消えてなくなったりしない、と安心したかった。
触れている所から溢れる幸福が嘘じゃないと信じたかった。


「約束、して。」


子どもじみた行動と思いながらも、小指同士を絡めた。


「約束、だ。」


絡めた指の温かさは、嘘じゃないと言っている。
声にしない想いさえも肯定している。
それでも、想いを言葉にしないのは……。





いつか失うこの感触を

彼と私の繋がりを


形にしたくないだけ……















あとがき+++

初十兵衛にして、グレーゾーン(悲恋とも恋愛とも言えない作品(笑))

もっと甘くしていくつもりだったのですが、現在進行形でバックミュージックが某妖精さんの『緋の砂』……(汗)

明らかに選曲ミスですね。
めちゃめちゃ悲恋曲ですから……。


十兵衛の雰囲気が出ていればいいのですが、どうなんでしょう?
まぁ、そのうち再チャレンジすることになりそうです(笑)


by碧種


07.01.28